監督:市川崑 / 脚本:和田夏十 / 製作:永田雅一 / 企画:藤田浩明 / 撮影:小林節雄 / 特技撮影:築地米三郎 / 美術:下河原友雄 / 編集:中静達治 / 音楽:芥川也寸志 / 出演:船越英二、岸恵子、山本富士子、宮城まり子、中村玉緒、岸田今日子、宇野良子、村井千恵子、有明マスミ、紺野ユカ、倉田マユミ、森山加代子、永井智雄、大辻伺郎、伊丹一三、佐山俊二、中川弘子、浜村純、伊東光一、夏木章、志保京助、ハナ肇とクレージーキャッツ / 配給:大映 / 映像ソフト発売:角川エンタテインメント
1961年日本作品 / 上映時間:1時間43分
1961年5月3日公開
2007年1月26日DVD最新盤発売 [bk1/amazon]
DVDにて初見(2009/11/16)
[粗筋]
VTVの編成局にプロデューサーとして勤める風松吉(船越英二)は優しい男だがろくでなしだ。手当たり次第に女と関係を持ち、本人も誰と寝たか覚えておらず、忙しさを理由にそのことにまったく拘泥もしていない。苛立ちを覚えるのは女たちのほうばかりだ。
やがて、女たちのあいだで奇妙な計画が持ち上がる。あんな男に囚われていてはにっちもさっちもいかない、いっそのこと結託して、全員で風を殺してしまおうか……?
最初は、風の本妻・双葉(山本富士子)と、彼女と交流のある風の愛人で女優の石ノ下市子(岸恵子)とのあいだで交わされた戯れ言に過ぎなかった。しかし、双葉の経営するレストランを、風の愛人の一人で印刷会社を営む三輪子(宮城まり子)が訪ねてきたことで、事態は急転する。
冗談交じりに仄めかした犯行計画を真に受けた三輪子はそれを楯にとり、風に双葉と離婚し自分と結婚するよう提案する。そしてここから状況は、急速にねじれていった……
[感想]
2008年、惜しまれつつこの世を去った名匠・市川崑監督が1961年に発表した、奇妙な作品である。
ひとりの男を、その妻と愛人、総勢10人が結託して殺害する――という風に記すと、独特なシチュエーションで繰り広げられるサスペンス、といった趣だが、実態はもっと奇怪だ。暗い路地、まだ名前も関係性も把握できない十人の女たちが絡みあうプロローグのあと、ようやく中心人物である男・風松吉が登場し、少しずつ全員の関係が見えていく。
だが、話が進んでいっても、いわゆるサスペンスらしい緊張感は伝わってこない。むしろ、話が進むごとに、ある意味では間延びした印象を齎すようになる。退屈だからではない。次第に男の人間性が導き出した、女たちの奇妙な心情が共鳴しあうことで、不思議な人間関係、会話が醸成されていく。その滑稽さ、不気味さが人間描写に謎めいた奥行きを生み出している。そしてこの奥行きがなかなか詰められていかないから、妙な距離感が生じ、間延びした印象に繋がる。
殺人、という剣呑な題材を前に押しだしているために誤解してしまうが、本篇はむしろ、ブラック・コメディとでも言ったほうがまだ理解しやすいだろう。あまりに優しい、しかし手当たり次第軽薄に振りまかれる優しさ故に、無思慮にあちこちの女に手をつけてしまう男。彼の性格と、多忙さに押し流されやすいテレビ業界に属する彼の仕事内容とを皮肉ると共に、それに翻弄される、或いはしたたかに乗り切っていく女たちの姿を、シュールに描き出すことのほうにより重点が置かれている。その様はサスペンスというよりもスリラーというよりも、やはりコメディと呼んだ方がしっくり来る。
更に特筆すべきは、奇想天外な結末だ。犠牲を出しつつも、ある意味で女たちがこれ以上ない形で本懐を遂げた、とも捉えられるこの決着は、50年も前に作られたとは思えないインパクトを今も備えている。時代背景や出演者たちの芝居はさすがに古びてしまっているが、細かなパーツを現代に差し換えれば、今でも充分な衝撃を観るものに与えられるのではなかろうか。
モノトーンであることに馴染みながら、ずば抜けたセンスを感じさせる映像も出色だ。夜の闇、街頭に照らし出された中に現れては消える女たちの姿、妄想のなかで男を取り囲み、毒を含ませる女たちの様子など、いちど観ただけでくっきりと脳裏に刻まれる場面が随所に鏤められている。後年の、横溝正史小説のムードを完璧に再現した金田一耕助シリーズとは異なる、日本的だが非常に都会的な感性がきらめいている。
十人の女、といいながらきちんと存在感を発揮しているのは半分程度であることが少々引っ掛かるし、制作当時の時代背景を考慮して鑑賞することの出来ない観客にとってはやはり古くなりすぎているきらいは否めないが、今でも独創的でユニークな、傑出した作品である。
製作年が現在(2009年)より50年近く昔の作品であるから、出演者の多くは物故し、或いは年老いてしまっている。物語のキーパーソンである風松吉を演じた船越英二はもはや当人よりもその子息で、2時間ドラマに多く主演している船越英一郎の名前で語った方が伝わりやすい。ようやく垢抜けてきたばかりのお転婆娘、といった風情の四村塩を演じた中村玉緒は、いまやその自然で明るい人柄が愛される“おばあちゃん”女優の代表格である。
そんななかで、驚かされるのは岸恵子と岸田今日子だ。並べてみれば本篇での彼女たちのほうが遥かに瑞々しいのは間違いないだろうが、一見したときの印象は、決して変わっていない。他の俳優、女優たちは大なり小なりイメージに変化が生じているのに、この二人だけは今も佇まいが同じなのである。
そういえば岸恵子は、同じ市川崑監督が1991年に発表した『天河伝説殺人事件』で、ある女性の老いた頃と、女学生時代とをひとりで演じたことでも話題となった。……まあ、正直に言って、1本の作品内で少女と高齢期に差しかかった女性とをひとりで演じるのにはさすがに無理がある、と思ったものの、そういう試みにスタッフを促すほどの香気を今なお備えていることの証明であるに違いない。
年齢に応じて柔軟に変化していくのもまた俳優としての優れた資質だが、彼女たちのような不変ぶりもまた、この世界だからこそ活かされる才能だろう。そのオーラを実感するために鑑賞するのも、また一興である。
関連作品:
『犬神家の一族』
『市川崑物語』
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