『完全なる報復』

『完全なる報復』

原題:“Law Abiding Citizen” / 監督:F・ゲイリー・グレイ / 脚本:カート・ウィマー / 製作:ルーカス・フォスター、ジェラルド・バトラー、アラン・シーゲル、マーク・ギル、カート・ウィマー、ロバート・カッツ / 製作総指揮:ニール・ザッカー、マイケル・ゴーゲン / 共同製作:ジェフ・G・ワックスマン / 撮影監督:ジョナサン・セラ / プロダクション・デザイナー:アレックス・ハジュ / 編集:タリク・アンウォー / 衣装:ジェフリー・カーランド / キャスティング:ジョセフ・ミドルトン,C.S.A. / 音楽:ブライアン・タイラー / 出演:ジェラルド・バトラージェイミー・フォックスレスリー・ビブブルース・マッギル、コルム・ミーニイ、ヴィオラ・デイヴィス、マイケル・アービー、グレゴリー・イッツェン、エメラルド・エンジェル・ヤング、クリスチャン・ストールティ、アニー・コーレイ、リチャード・ポートナウ、マイケル・ケリー、ジョシュ・スチュワート、ロジャー・バート / ワープ・フィルム製作 / 配給:Broadmedia Studios

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間48分 / 日本語字幕:松浦美奈 / R-15+

2011年1月22日日本公開

公式サイト : http://www.houfuku.com/

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/01/29)



[粗筋]

 クライド・シェルトン(ジェラルド・バトラー)の平穏な生活はある日突然、極めて残酷に奪われた。自宅を襲撃した二人組の片割れが、彼の腹にナイフを突き立て、妻を殺害し暴行し、更に現場を目撃した娘をも手にかけたのである。

 犯人、ダービー(クリスチャン・ストールティ)とエイムス(ジョシュ・スチュワート)のふたりはすぐに逮捕されたが、しかしクライドを愕然とさせたのはその後の展開だった。担当検事のニック・ライス(ジェイミー・フォックス)は法廷で96%という高い有罪率を誇っているが、この事件に関しては初動捜査のミスで充分な証拠を挙げることが出来ず、このままでは敗訴が濃厚だと判断すると、司法取引に打って出たのだ。しかも、実際に手を下した、とクライドが証言した対象であるダービーが極めて軽い禁錮刑に処せられ、手をつかねていたエイムスに死刑の判決が下される、という転倒した結果に終わる。

 それから、10年の時が過ぎた。

 いよいよエイムスの死刑が執行されるその日、腹心のサラ(レスリー・ビブ)を伴って立ち会ったニックは、異様な事態を目撃する。死刑は複数の薬品を注射し、無痛で眠らせるように行われるはずだったが、その瞬間、エイムスは激痛に咆哮し、苦悶の表情を浮かべて息絶えた。薬品は何者かによって、激痛をもたらす毒物にすり替えられていたのだ。

 薬品のバッグに記されていたのは、共犯者ダービーが犯行の際クライドに耳打ちし、法廷でもニックに向かって嘯いた「運命には逆らえない」という文言。警察はすぐさまダービーのもとを訪れるが、何故かそれをいち早く察知され、取り逃がしてしまう。

 だがそれから程なくして、ダービーは発見される。廃工場で、苛烈な拷問の果てに悶死した状態で。廃工場の持ち主は、あの、クライド・シェルトン――

[感想]

 重罪を犯した者が、司法取引によって大幅に求刑を軽減される――といったくだりは、アメリカの映画やドラマを観てきた方にはお馴染みだと思う。極めて巨大に組織化された犯罪者グループの首謀格を押さえるために、格下の人物を逮捕し、厳刑と引き替えに証拠や情報を獲得する、という具合に、犯罪抑止や大規模な取締に役立てられる一方で、本篇で描かれるような問題もあり得るようだ。つまり、罪を他人に被せ、自らは罪状には見合わない軽い刑で決着させてしまう。

 そういう司法制度の理不尽な駆け引きによってなおざりにされた被害者にして遺族である男が、奇想天外な方法で“報復”を仕掛ける、そのやり取りを軸にして、制度の持つ問題点を炙り出す――という趣向で組み立てられたのが本篇だ。ありがちのようでいて稀有な着眼である。

 本篇はこのアイディアを、探偵小説めいた謎でもって、更に魅力的なものにしている。上の粗筋では辿り着いていないが、やがて刑務所に収監されたクライドは、だが塀の中にいながらにして不敵な殺人予告をし、交換条件を呑めば助ける、と嘯く。塀の中にいてどうやって犯行を成し遂げるのか? と思えるが、クライドは自らの手先の器用さと類い希な頭脳を駆使し、検察のみならず司法制度を嘲笑うようにして犯行を重ねていく。クライドの深慮遠謀に基づく不可解な言動がもたらす先読み困難なストーリーと、そこから膨らんでいく、「クライドはどうやって犯行に及ぶのか?」という謎解きの興趣が、観客をグイグイと引っ張っていく。

 監督であるF・ゲイリー・グレイも脚本を手懸けたカート・ウィマーもこうしたサスペンスで秀作をものにしているだけに、完成度は高い。製作も兼任し、堂々たる“復讐者”を体現したジェラルド・バトラーと、ある意味で確固とした信念を持ちながら知能犯に翻弄される検事に扮したジェイミー・フォックスの相対する存在感も秀逸で、見応えも充分だ。

 ただ、率直に言って、結末は個人的にあまり評価出来ない。

 アイディアそのものは決して悪くない。意識の盲点を衝くもので、インパクトはある。しかしそのインパクトは、どちらかと言えばB級の味わいなのだ。冷静に考えるとかなり強引極まりないし、成立させるにはあまりに多くの危険な橋を渡る必要がある。恐らくクラウドの策略ではどうしようもない領域にも障害があって、かなりとんでもない。

 無論、如何にハチャメチャな発想であっても、それを印象的に、魅力的に見せることが出来れば成功なのだが、本篇の場合、この仕掛けのアイディアに先行して仕掛けた、極めて社会派の要素が色濃い主題との相性が良くない。ここまで法と倫理、正義の所在を問いかける重い描写が繰り返されてきたのに、突然違う次元に転がり落ちたかのような感覚をもたらしてしまい、仕掛けを施したサスペンスとしても、社会派的な主題を持った映画としても、突き抜ける手前で終わってしまっている。

 思うに本篇は、多少観念的になってしまったとしても、最後まで司法の意義を問い続けることに腐心すべきだったのではなかろうか。そのうえでならば、たとえ結論として番人の納得のいかないものだったとしても、問いかけは観客の心により深く響いたはずだ。或いはいっそメッセージ性を振り切って、ラストの解決を如何に衝撃的にするか、その工夫に重点を置くべきだったのではないか。

 いささか苦言を呈してはみたが、しかし過程のスリリングなムード作り、緊迫した話運びは巧みで、2時間の尺をほとんど飽きさせない仕上がりになっているのは見事だ。また結末をどう捉えるにせよ、そこまで積み重ねられた問いかけと、登場人物たちが出した結論など、万人が納得できるものではないことが、観客に対して確実に影響を及ぼしてくる。もう一踏ん張り足りない、と評しはするが、メッセージとしては有効な作りになっているのも間違いない。

 クラウドの苛烈な復讐心故に、それぞれの犯行の残虐性が高く、直接描写は控えているにしても、想像力豊かで繊細な観客にはお勧めしづらい。だが、流血描写にさほど抵抗がなく、かつ、ある程度重みのあるエンタテインメントを求めている人ならば、いちど観ておいて損はない。

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