富田常雄 / 監督&脚本:黒澤明 / 企画:松崎啓次 / 撮影:三村明 / 美術:戸塚正夫 / 照明:大沼正喜 / 録音:樋口智久 / 編集:後藤敏男 / 監督助手:杉江敏男 / 音楽:鈴木靜一 / 出演:大河内傳次郎、藤田進、轟夕起子、月形龍之介、志村喬、花井蘭子、青山杉作、菅井一郎、小杉義男、高堂國典、除剞・H三郎、河野秋武、除l川荘司、三田國夫、中村彰、坂内永三郎、山室耕 / 配給:東宝
1943年日本作品 / 上映時間:1時間19分
1943年3月25日公開
2009年10月23日映像ソフト最新盤発売 [DVD Video(特装版):amazon|DVD Video(普及版):amazon|Blu-ray Disc:amazon]
DVD Videoにて初見(201/02/19)
[粗筋]
明治十五年、姿三四郎(藤田進)は柔術を究めるべく、心明活殺流師範・門馬三郎(小杉義男)の門を潜る。だがその日、門馬が修道館柔道の師範矢野正五郎(大河内傳次郎)を仕留めるべく、門弟と共に野試合を挑んだところ、ことごとく返り討ちに遭う光景を目の当たりにすると、矢野に平伏して弟子入りを願い出た。矢野は快く姿を受け入れる。
それから時を経て、姿は矢野さえ「自分を超えたやも」と感じるほどの達人となった。だが姿は血気盛んに過ぎ、街中で乱闘騒ぎを起こしてしまう。矢野にこっぴどく叱られた姿は、矢野のためなら死ぬことが出来ると言い張り、邸内の蓮池に飛び込んだ。棒杭にしがみついて一夜を過ごした姿は、だがそれでようやく己の慢心を悟り、矢野に改めて頭を下げる。
姿が罰として稽古を禁じられているところへ、道場にひとりの男が現れた。その男――良移心当流の檜垣源之助(月形龍之介)は矢野とその門人に出稽古を挑みに訪れたのだが、生憎矢野は留守、もうひとりの門人は檜垣を相手にまったく歯が立たず、姿は稽古を認められていない。かくして、姿と檜垣とのあいだに遺恨が生まれることとなった。
一方で矢野のもとに、かつて彼が打ち倒した門馬三郎との試合を匂わせた招待状が届く。矢野はこの申し出が自分ではなく姿に対するものだと直感し、稽古を解禁すると、彼を試合の場に立たせた……
[感想]
あの黒澤明の作品なのに――と今の観点からすると驚かされるのが、本篇に先んじて示されるテロップだ。1943年に製作された本篇は、1944年に再上映された際、国策の名目で製作者に無断で鋏が入れられ、幾つかの場面が散逸してしまった。のちに封印が解かれると復元を試みたが、完全な形には戻せなかった、という。そのために本篇は、失われた場面をテロップで補う、といういささか不格好な状態で残ることとなった。黒澤監督が後世にどれほど多大な影響を残すか、当時の人間が知っていれば――と、少々詮ない感慨を抱いてしまう。発売されているDVDには、のちに発見されたフィルムを組み込んで、より本来の形に近いものを同時収録したものもあるそうだが、かなり状態は悪く、視聴に耐えるレベルにあるのは未だこの79分のヴァージョンのみらしい。
それでも映像は粗く、音声もかなり聴き取りにくい。そのうえ芝居も今の目には古臭く映り、シンプル極まりない台詞回しには物足りなさを覚える。現代の作品と同じ感覚で観ようとすると若干ストレスを味わうことは否めないだろう。
だが、それでもなお、本篇には惹きつける力強さがある。
ストーリー展開はこうした武術、格闘技を扱ったものの王道と言えるが、求められる要素をくまなく網羅しており緩みがない。蓮池の棒杭にしがみついてようやく己の慢心を悟るくだり、試合の経緯からそのあとの出来事がもたらす動揺など、定番だが疑問を差し挟む余地がないほどだ。
そして、70年近く経たいま鑑賞しても、画面作りが非常に魅力的だ。決して派手に動いていないのに緊張感を漂わせる道場での試合の様子、のちに戦うことになる村井半助(志村喬)の娘・小夜(轟夕起子)との触れ合いを描く一連のくだり、そして一幅の絵を思わせる最終戦の決着など、観終わったあとも記憶に留まる場面が随所に鏤められている。
だいぶあっさりしているが、充分に完成された人物像も印象に残る。朴訥で純粋だがあまりに血気盛んな主人公・姿三四郎の一風変わった存在感に、やや人を食ったところはあるが優れた指導力を滲ませる矢野正五郎。三四郎の才能に触発され酒浸りの生活から武道家としての心意気を取り戻した村井半助。才能はあるが慢心し、なかなか相まみえることの出来ない三四郎に対して複雑な敵愾心を抱いていく檜垣源之助。出番としては少なめな女性でさえ、その人物像は整っており、物語にきちんと奉仕している。
本来の尺にて、万全の形で留められていないことが惜しまれるが、それでも本当に通用する仕上がりであることに今更ながら驚嘆を禁じ得ない。監督第1作にして、既に後世に対する強烈な影響力の片鱗を感じさせる……というのはいささか予備知識のバイアスがかかっている気がしなくもないが、そういうところも含めて興味深く、見応えのある作品である。
関連作品:
『燃えよドラゴン』
『ベスト・キッド』
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