原題:“Irma la Douce” / 監督&製作:ビリー・ワイルダー / 脚本:ビリー・ワイルダー&I・A・L・ダイアモンド / 撮影監督:ジョセフ・ラシェル,A.S.C. / 美術:アレクサンダー・トローナー / 舞台装飾:エドワード・G・ボイル、モーリス・バーネイサン / 編集:ダニエル・マンデル,A.C.E. / 衣装:オリー・ケリー / ヘアデザイン:ジョージ・マスターズ / 音楽:アンドレ・プレヴィン / 出演:ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン、ルー・ジャコビ、ハーシェル・ベルナルディ、ホープ・ホリディ、ポール・デュポフ、ハワード・マクネア、クリフ・オズモンド、ジョーン・ショウリー、グレイス・リー・ホイットニー、トゥラ・サターナ、ルー・クラグマン、ジェームズ・ブラウン / 配給:日本ユナイテッド・アーティスツ / 映像ソフト発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント
1963年アメリカ作品 / 上映時間:2時間26分 / 日本語字幕:石田泰子
1963年11月9日日本公開
2005年2月4日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
第2回新・午前十時の映画祭(2014/04/05〜2015/03/20開催)上映作品
DVD Videoにて初見(2011/03/06)
TOHOシネマズ日本橋にて再鑑賞(2014/09/15)
[粗筋]
花の都パリでさえ眠る時間、活動を続けているのはカサノヴァ通りぐらいのものだ。ホテル・カサノヴァを定宿にする娼婦たちが居並ぶ通りである。
田舎の警察署で子供を助けたことからパリの警察に栄転してきたネスター・パトゥー(ジャック・レモン)は生憎にもそういう事情に通じていなかった。真面目な性格から見過ごすことが出来ず一斉摘発に踏み切ったところ、折しもホテル・カサノヴァでよろしくやっていた人々の中に上司(ハーシェル・ベルナルディ)が混ざっていたからさあ大変。摘発前に立ち寄ったバーで、知らないうちに袖の下をねじ込まれていたことも発覚して、その日のうちに警察から放り出されてしまう。
雨のなか、ふたたびバーを訪れたネスターは、最初に言葉を交わした娼婦イルマ・ラ・ドゥース(シャーリー・マクレーン)と再会した。彼女から平然と搾取するヒモの振る舞いに憤ったネスターは、やけっぱちになっていることも手伝って強引にヒモに挑み、思いがけずノックアウトしてしまう。その活躍ぶりが、イルマのお気に召したようだった。
かくてネスターはイルマの新たなヒモとして彼女の部屋に転がり込む。が、根が真面目なネスターにとって、ヒモ暮らしも息苦しいが、愛する人が娼婦をしていることがどうしても我慢ならなかった。
嫉妬の炎に駆られたネスターは、思いあまって、とんでもない計画を思いつく。バーのマスター、ムスタシュ(ルー・ジャコビ)から金を借り、地下倉庫を利用して変装したネスターは、謎の紳士X卿として、イルマに接触した……
[感想]
『アパートの鍵貸します』の監督、脚本、主演ふたりが再結集して作りあげたロマンティック・コメディであるが、同じような話を想像して触れると「え? ええ? ええええ?!」と取り乱すこと請け合いである。というか、私自身がそうだった。
知的に洗練されていながら、扱っている題材は艶っぽかった『アパートの鍵貸します』だが、本篇は更に生々しい。冒頭から、イルマの顧客に愛され、金をむしり取る手管を仄めかしているし、全体に語り口は軽妙だが、登場人物や出来事のひとつひとつはかなり荒っぽい。それでも決して下品には陥らないのはさすがだが、あちらと比較すると欲望剥き出し、という感は否めない。DVDに収録された予告篇では最後に“Adult Only”という語句が現れたのに驚いたが、具体的な描写はないとはいえその言い回しも納得がいく。
しかしもっと異なるのはその展開だ。主人公ネスターを演じるジャック・レモンが状況に振り回されているのは同じだが、その方向性が更に極端、かつ奇想天外になっている。転属初日に警察をクビになって娼婦のヒモとなり、嫉妬に駆られ彼女を独占するためにとんでもない計画に着手する。
直後のくだりに不自然さはない。こんな手段を選択すれば、こんな対処を迫られるだろうし、それを敷衍すればこんなトラブルに遭遇するだろう、と非常に納得のいく筋書きを辿る。だがクライマックスに突入すると、これが一気に明後日の方向へと突き進んでいくのだ。普通、こういう事態に陥っても何らかのブレーキが入って狂いが修正されるものだ、と思いながら観ていると、それをすべてぶっちぎって異常な展開を繰り返す。ワイルダー監督いったいどうした?! とモニター或いはスクリーンに向って問いかけたくなるほどだ。『アパートの鍵貸します』のような伏線の妙、意外だが常識的な着地を求める人には大いに不満を与えかねない。
しかし、そこに強すぎる拘りがないと、あまりに奇想天外な成り行きに、呆気に取られつつも惹きこまれてしまうはずだ。これは、製作者が決して道理を弁えていないわけではなく、普通に予測できる常識的な道筋を知っているからこそ、作品世界の中で如何にそこからはみ出すか、に腐心しているのが解るからだろう。
実際、この作品は決して伏線そのものは疎かにしていないのだ。ただ、その扱いがあまりに奇想天外であり、予測を超えているからこそ戸惑いと、従来と違う驚きを与える。風変わりではあるが、『アパートの鍵貸します』に劣らぬ魅力を放っているのは、そうした創作姿勢に依るものだろう。
そして、『アパートの鍵貸します』に引き続き共演したジャック・レモンとシャーリー・マクレーンの魅力が存分に引き出されているのも本篇の美点だ。ジャック・レモンは生真面目な警官の激しい変化を軽快に演じきり、シャーリー・マクレーンは客との駆け引きに冴えた技を示しながらも天真爛漫な魅力を発揮する娼婦を見事に体現している。仕事の内容のわりに艶めかしい場面の直接的な描写はないが、緑を基調とした一風変わった衣裳もあいまって、充分に夜の女らしい色香と、相反するかのような無邪気さを見せたシャーリーの演技は『アパートの鍵貸します』に匹敵する素晴らしさだ。彼らを実に外連味溢れる言動で牽引するバーのマスターもいい味を出している。
異様な展開は最後まで続き、締め括りでも「えええええ?!」と叫びたくなるような描写を繰り出してくるが、その振り回される感覚が堪らない。『アパートの鍵貸します』と近い精神性を保ちながらも新しい面白さを演出することに成功した、名匠と名コンビの技にひたすら唸らされる1本である――ただ、あまりにクセの強いクライマックス故に、好き嫌いは大きく割れそうな気はするが。
関連作品:
『お熱いのがお好き』
『真昼の死闘』
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