原題:“武状元黄飛鴻” / 監督&製作:ツイ・ハーク / 脚本:ツイ・ハーク、ユエン・カイチー / 製作総指揮:レイモンド・チョウ / 撮影:アーサー・ウォン / 音楽:ジェームズ・ウォン / 出演:ジェット・リー(リー・リンチェイ)、ロザムンド・クワン、ユン・ピョウ、ジャッキー・チュン、ケント・チェン、ウー・マ / 映像ソフト発売元:Paramount Home Entertainment Japan
1991年香港作品 / 上映時間:2時間8分 / 日本語字幕:?
1994年10月11日日本公開
2011年7月8日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
DVD Videoにて初見(2011/04/16)
[粗筋]
清朝末期、中国大陸には英米の列強が進出し、混沌と動乱の時代に突入していた。
もともと黒旗兵の武術師範として活動していたウォン・フェイホン(ジェット・リー)は、統率者がベトナムに左遷されたことを受け、地元に自警団を結成、自らの道場・宝芝林で武術を教え、有事に備えていた。
京劇の一員としてこの地を訪れていたフー(ユン・ピョウ)は道場を訪れ弟子入りを志願するが、折しもフェイホンは留守にしており、アメリカ帰りのソー(ジャッキー・チュン)やガイ、ウェンといった弟子たちと面識を得るものの、誤解をして立ち去ってしまう。
やがて現地でトラブルが起きた。諍いから誤って八百屋が銃撃されたのである。無数の租界が築かれ、治安が乱れている状況に、フェイホンは調停の必要を痛感し、長官を介してイギリスとアメリカ、それぞれの有力者との会談を願い出た。
租界の料亭でフェイホンが交渉に努めるなか、京劇の会場でフーは周囲を縄張りとするゴロツキの沙河一味と揉め事を起こしてしまう。顔見知りであったウェンたち宝芝林の弟子たちの助力を得るも騒動は拡大し、フェイホンたちが会談中の料亭にまで乱入してしまった。
このことがきっかけで協議は決裂、英米との関係を悪化させたうえ、もともと折り合いの悪かったフェイホンと長官とのあいだにも大きな溝を生じてしまう。事態を沈静化させるためにフェイホンは謹慎の命令を甘んじて受けるが、そのあいだにもふたたびトラブルが起きるのだった……
[感想]
私は香港産のアクション映画を遡って鑑賞するようになってまだまだ日が浅い――かつ、現時点ではジェット・リーとジャッキー・チェンぐらいしか意識して追っていないので、詳しくないのだが、それでも本篇に掲げられた要素がほとんど一時期の香港産アクション映画お馴染みのものばかりであるのは察しがつく。実在した英雄ウォン・フェイホンを主人公に、列強によって虐げられていた時代の中国を舞台に、華麗なアクションをふんだんに盛り込んで、勧善懲悪のドラマを構築する。もしそういう表面だけ掬って鑑賞するなら、さほど観るところのない作品と言えるかも知れない。
だが、本篇はそうしたお家芸によって作られてはいるが、決して安易な内容ではない。たとえばブルース・リー主演の『ドラゴン 怒りの鉄拳』やジャッキー・チェンを主役に抜擢して制作されたその続篇では、悪役に設定された日本人たちが極めてステレオタイプな悪人として振る舞い、その横暴さは際立っている一方であまり筋道の立たない行動が目立ち、どうしても荒唐無稽な印象を与える。
それに比べ本篇は、悪役がきちんといる一方で、その意図が非常に明確であるし、『ドラゴン 怒りの鉄拳』とさほど違わないシチュエーションでありながら、中国に拠点を置く諸外国の人々を安易に悪党にはしていないバランス感覚が窺える。象徴的なのは、現地で布教活動に努める神父の描き方だ。地元の人を呼び寄せるために巡回する彼らに、中国人たちはいい顔をしていないし、神父も敵意のようなものを見せるが、各勢力入り乱れての抗争の場面で、神父はひとりの女性を身を挺して救う。それは彼らの信奉する教え、というより意識からすればさほど不自然ではないが、外来勢力=悪、という安易な棲み分けとは一線を画しており、なまじ最近に前述の作品を鑑賞していると新鮮に映り、公平な印象を受ける。
また、基本的にアクションのアイディアを軸に話を構築してはいるが、そういう作品にありがちな強引さ、辻褄の合わない展開があまり見受けられないのも好感が持てる。全体に愚かしい言動をする登場人物が多いのは一種のご愛敬、少なくともその信条や目的意識と噛み合わない行動をする場面はなく、そうした複数の思惑をうまく紡ぎ合わせて到達するクライマックスには一定の説得力がある。
何より、アクション描写が素晴らしい。これ以降も第一線で活躍し続けるジェット・リーであるが、それでも本篇あたりを撮影している頃が最も脂が乗っていたことは間違いないと思える、惚れ惚れするほどに切れ味のある擬斗を披露している。のちにハリウッドでも多用されるワイヤー・アクションを導入した非現実的なアクションも、この作品ではあまり不自然さを感じない。とりわけクライマックスでの、梯子を用いて縦横無尽に跳躍し、不安定な足場で繰り広げられる戦いは、そこだけでも本篇を観た甲斐があった、と思わせるほど絶品だ。
そうして香港アクション映画の王道の面白さを見事に深化させながら、しかし本篇はそこで終わらない。ウォン・フェイホン最大のライバルの結末に、アクション映画、ひいては武術そのものが抱えるジレンマを滲ませ、そしていちおうの大団円のあとに迎えるラストシーンでは、歴史を踏まえた憂いを含むやり取りを加えて、爽快な余韻に味わいを添える。ジェット・リー出演作の中でもこのシリーズを代表作に掲げる人は多いようだが、第1作である本篇を鑑賞しただけでもなるほどと頷かされる。
関連作品:
『少林寺』
『SPIRIT』
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