『三本指の男』

『三本指の男』

原作:横溝正史『本陣殺人事件』 / 監督:松田定次渡辺実 / 脚本:比佐芳武 / 企画・製作:牧野満男 / 撮影:石本秀雄 / 美術:岩野音吉 / 照明:西川鶴三 / 録音:加瀬久 / 音楽:大久保徳二郎、古川太郎 / 出演:片岡千恵蔵原節子杉村春子、風間章子、三津田健、小堀影男、水原洋一、青山健吉、八汐路佳子、宮口精二賀原夏子 / 東横映画製作 / 配給:東映

1947年日本作品 / 上映時間:1時間22分

1947年12月9日日本公開

本格ミステリ作家クラブ10周年記念企画『美女と探偵〜日本ミステリ映画の世界〜』(2011/6/4〜2012/7/1開催)にて上映

神保町シアターにて初見(2011/06/04) ※芦辺拓×唐沢俊一トークイベント付上映



[粗筋]

 外遊から帰還し、東京で探偵社を営んでいる金田一耕助(片岡千恵蔵)は、アメリカで親しくなった久保銀造の自宅を訪ねた。

 折しも久保家では、兄の忘れ形見である春子(風見章子)が地元の名家・一柳家の長男・賢造(小堀影男)に見初められ、婚礼の儀を迎えようとしていたが、一柳家には春子について、芳しくない話が舞い込んでいた。彼女にはかつて愛人がおり、既に純潔ではないというのである。

 その話を聞かされた金田一は、久保家の食卓で春子に対し、噂の相手のことを仄めかしてみるが、春子の反応は乏しい。むしろ春子の親友で、お祝いに訪れていた白木静子(原節子)のほうが驚きを顕わにした。何でも静子はくだんの人物に偶然出くわしたのだという。戦地で負傷し、頬に大きな切り傷、左手の指を2本失った、薄気味悪い姿だったのだという。

 ひとり不安を口にする静子をよそに、いよいよ婚礼の日を迎えた。華やぐ村に、だがしかし、村人たちの好奇の眼差しを誘う、異様な風体の男が現れ、にわかに不穏な空気が流れはじめる――

[感想]

 金田一耕助といえば、セルの着物に袴、チューリップ帽にぼさぼさ頭、という風体がすっかり定着しているが、市川崑監督&石坂浩二主演による『犬神家の一族』が登場するまで、原作に添ったこのスタイルが映像版では正確に再現されることはなかった。初めての映画化である本篇も例外ではない。

 とはいえ、そういうスタイルになったのには、GHQによって時代劇が禁じられていたり、とにかく封建的な要素を排除しようとした世相も影響しているようで、必ずしも原作を軽んじていたとは言えないようだ。実際に鑑賞してみると、近年の金田一ものに親しんだ目から観てもあまり違和感を抱かない――途中までは。

 金田一のスタイルよりも驚くべきは、終盤の展開だろう。未見の方の興を削がないために詳述は避けたいが、これほど“度胆を抜かれる”、或いは“呆気に取られる”クライマックスは、今日では逆にお目にかかれない。

 要は、映画は娯楽である、という認識のうえに、当時の観客が望むものを極力まで詰めこむ、という姿勢が根本にあるのだろう。金田一のいでたちは、決して原作をおろそかにしたのではなく、当時の“探偵”というまだ馴染みの乏しい職業に対するイメージをそのまま形にしたものであるし、そこに原節子演じる白木静子、というキュートな助手を付け加えたのも、そういう定番にほのかなロマンスの要素を付け足そうとしたがゆえだろう。

 クライマックスの改竄にしても、当時どういうものが望まれていたか、ということが何よりも考慮されているのが解る。解決篇の場で千恵蔵演じる金田一が振るう弁舌も、敗戦で一気に転換した価値観を如実に反映している。犯人像にしても、最後のかなり唐突な活劇にしても、娯楽映画に求められた要素だからこそ組み込まれた、と見るべきだ。

 そうして細かに詰めこむ一方で、なまじ原作の要素を温存しようとしたがために、かなり盛大に破綻してしまったきらいは否めない。だが、この作品独特の条件が要請した特異なサプライズは、細かな破綻を凌駕する、奇妙な興奮をもたらしてくれる。私が鑑賞した回の上映後に催されたトークショーでは、この映画版独自のひねりが却って近年の本格ミステリに趣向が近づいている、という説を口にしていたが、なるほどと頷けるところだ。

 本篇を観て怒るのはむしろ、普段ミステリ映画や、推理小説に触れ慣れていない人のほうなのかも知れない。本篇の原作を含む、推理小説、探偵小説を愛読しているような人ほど、本篇はきっと愉しむことが出来るはずだ。

 ――という具合に、改竄した部分も含め私は非常に愉しく鑑賞した本篇だが、ひとつだけ許せないところがある。折角可愛かった眼鏡姿の原節子を、最後に素顔にしてしまったことだ――これも昔の作品ゆえに致し方ない、というのは承知しているのだけれど。

 なお、幸運にもこれから現物を鑑賞する機会に恵まれた方は、間違ってもWikipediaの紹介ページを参照しないでください。観終わってから確認して「あ、このやろ」と突っこんであげましょう。

関連作品:

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獄門島

女王蜂

病院坂の首縊りの家

犬神家の一族

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