原題:“証人/The Beast Stalker” / 監督:ダンテ・ラム / 脚本:ダンテ・ラム、ジャック・ン / アクション監督:トン・ワイ(スティーヴン・トン) / 撮影監督:チェン・マンポー、ツェー・チュントー / 音楽:ヘンリー・ライ / 出演:ニコラス・ツェー、ニック・チョン、チャン・ジンチュー、リウ・カイチー、ミャオ・プゥ / 配給:Broadmedia Studios
2008年香港作品 / 上映時間:1時間49分 / 日本語字幕:?
2012年4月7日日本公開
公式サイト : http://www.beaststalker.net/
シネマスクエアとうきゅうにて初見(2012/04/21)
[粗筋]
香港警察の刑事トン(ニコラス・ツェー)は重大なミスを犯した。直前の突入作戦で、部下であるマイケルの失態により、危うく重傷を負うところだった新(リウ・カイチー)を車で送る途中、脱走した重罪犯の逃走車両を発見、追跡したが、交差点で衝突事故を起こした。すれ違った車を奪い、なおも逃走を図る犯人たちをトンは銃撃、共謀者ふたりを射殺し、犯人を確保するが、同乗していた少女イーも巻き添えにしてしまう。
それから、3ヶ月が経過した。
トンは己の罪の重さゆえに、職務に向き合うことが出来ずにいた。イーの妹であるリンとの交流が唯一、心の慰めとなっていたが、よりによってそのリーが何者かに誘拐される。リンの母親アン(チャン・ジンチュー)に対してかかってきた脅迫電話の要求は、警察への連絡を禁じることと、あの重罪犯の犯行を立証する手懸かりを破棄することだった――アンは、強盗事件の担当検事だったのである。
トンは贖罪のために、単身リンを救出する決意を固めた。警察への報告を禁じているため、大っぴらに動くことが出来ないトンは、あのあと異動となった新とマイケルの協力を仰ぎ、誘拐犯に迫っていく。
だが、十字架を背負っているのは、追う側だけではなかった。組織に命じられ、リンを誘拐した男・ホン(ニック・チョン)もまた、大きなものを背負っていたのである……
[感想]
この2年ほど、ジョニー・トー監督作品やジャッキー・チェン出演作を軸に、けっこう多くの香港映画に接してきたが、ある時期を境に、香港映画は一気に進歩を遂げているように感じる。すぐに内容が外部に漏れるために脚本を用意せず撮影を行う、という仕組みのために、映像的にインパクトはあっても物語としては支離滅裂、という事態に陥りやすい傾向にあったが、1990年代あたりを境に、だいぶ改善されたような印象がある。
本篇は追う側、追われる側双方の視点を交互に見せるスタイルで描かれたサスペンスであるが、非常に練り込まれていて、隙がない。重々しい発端で、主人公のひとりトン刑事が懸命に被害者を救おうとする理由を裏付けし、刑事としては常軌を逸脱した行動に繋げている。その一方で、追われる側の姿も断片的に描き出し、終始緊迫感を保つ手管が絶妙だ。はじめから必死になる理由が明確である刑事に対し、犯人側は依頼を受けて少女を誘拐した、ということが最初に描かれたあと、少しずつ背後関係が示されていく。不明瞭であるからこそ終始、観る側の関心を惹き、駆け引きのスリリングさともあいまって、豊かな牽引力となっているのだ。
近年の香港映画で主要な人物を演じることが多く、間違いなくトップスターのひとりに数えられるであろうニコラス・ツェーの、俳優としてのオーラを感じさせる演技も印象的だが、本篇の何よりの魅力は、誘拐犯を演じたニック・チョンが担っているように思う。ジョニー・トー監督による前後篇の暗黒物語『エレクション〜黒社会〜』『エレクション〜死の報復〜』で演じた、寡黙な刺客を彷彿とさせる人物像だが、それ故に次の行動が想像しにくく、終始まとう緊迫感は尋常ではない。命じられるままに拉致した人物を始末、その後片付けを淡々とする姿には慄然とするが、翻って、捕らえた少女に対して見せる態度、表情がしばし観客に疑念を起こさせる。人物の背景を豊かに魅せるプロットも優秀だが、ニック・チョンの起用とその演技が更にその効果を高めていることは間違いない。
アクション監督もついているだけに、駆け引きのなかでしばしば披露されるアクションもしっかりしている。決してスタイリッシュではない、泥臭い格闘ではあるが、サスペンスの背後に横たわるドラマの重みに馴染んでいるので、アクションそのものが見せ場、というより緊迫感を増すために貢献している。
本篇の肝は、ラストで明かされる事実であるが、しかしあれについては微妙な印象を受ける人もいるのではなかろうか。理路整然とした謎解きの帰結、というわけではないし、本筋とずれていると感じる向きも、少々御都合主義に過ぎる、と感じる向きもあるだろう。
だが、あのラストこそ、本篇がサスペンスであると同時に、往年のノワールに通じる味わいを決定づけていると言えよう。ここで明確になる一連のドラマは、過程の壮絶さともあいまって、爽快でありながらほろ苦さも含んだ、豊かな余韻を留める。
香港映画を多く観ていると、本篇の撮影はほとんど定番の場所ばかりを選んでおり、既視感を覚える。登場する俳優も、日本に入ってくる香港映画を頻繁に観ているとお馴染みの顔ぶればかりなので、代わり映えがしない、ということも出来る。だが、そうして定着した素材のなかで、決して一筋縄でいかない作品世界を築きあげてしまうあたり、もしかしたら香港映画界はいま、新たな成熟期にさしかかっているのではないか――そんなことを感じさせる作品であった。仮に香港映画に馴染みがなくとも、専門知識なしでその緊迫感に浸ることが出来、ドラマとしても奥行きを備えた本篇は、現代香港映画のいい入門篇としても機能しそうだ。
ただ引っかかるのは、題名が作品の内容を充分に反映している、とは言い難い点である。本篇の犯人像は“ビースト・ストーカー”という物々しい表現が似つかわしいものではないし、作品の焦点には“証人”が拘わっているわけではない。ここだけはもう少し、工夫が欲しかった。
関連作品:
『墨攻』
『クラッシュ』
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