『ディクテーター 身元不明でニューヨーク』

TOHOシネマズ西新井、施設外壁に掲示されたポスター。

原題:“The Dictator” / 監督:ラリー・チャールズ / 脚本:サシャ・バロン・コーエン、アレック・バーグ、ジェフ・シェイファー、デヴィッド・マンデル / 製作:サシャ・バロン・コーエン、アレック・バーグ、ジェフ・シェイファー、デヴィッド・マンデル、アンソニー・ハインズ、スコット・ルーディン / 製作総指揮:ピーター・ベイナム、マリ・ジョーウィンクラー=イオフレダ、ダン・メイザー / 撮影監督:ローレンス・シャー / プロダクション・デザイナー:ヴィクター・ケンプスター / 編集:グレッグ・ヘイデン、エリック・キッサック / 衣装:ジェフリー・カーランド / 音楽:エラン・バロン・コーエン / 出演:サシャ・バロン・コーエンアンナ・ファリスベン・キングスレー、サイード・バッドレヤ、ジェイソン・マンツォーカス、アーシフ・マンドヴィ、リズワン・マンジ、ホレイショ・サンズ、ジョーイ・スロトニック、イアン・ロバーツ、クリス・バーネル、ジェシカ・セント・クレア、デヴィッド・フォンティーノ、アンナ・カタリーナ、ボビー・リー、オレク・クルパ、アラン・コックス、ケヴィン・コリガン、フレッド・アーミセン、ミーガン・フォックスエドワード・ノートン、ジョン・C・ライリー / 配給:Paramount Japan

2012年アメリカ作品 / 上映時間:1時間23分 / 日本語字幕:樋口武志 / R-15+

2012年9月7日日本公開

公式サイト : http://www.dictator-movie.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2012/09/11)



[粗筋]

 北アフリカにあるワディヤ共和国は、先代から指導者の座を受け継いだ将軍アラジーン(サシャ・バロン・コーエン)による独裁体制が築かれていた。宮廷の植え込みさえも自分をモデルにさせ、言葉もいいように意味を変え、夜ごとに各国から招いたセレブとベッドを共にし、幼少の頃から現在までこの世の春を謳歌していた。

 だが、アラジーン将軍が他の独裁国家への羨望から核ミサイル開発を行っていたことが西側諸国に悟られ、釈明のために国連本部で演説をするように迫られた。親族である側近のタミール(ベン・キングスレー)から、拒絶すれば空爆を受ける、と諭され、やむなくアラジーンは重い腰を上げ、はるばるアメリカへと赴く。

 ニューヨークに到着すると、観光気分ではしゃぐアラジーンだったが、豪勢な寝室で眠りに就き、目醒めたとき、彼は手足を縛られた状態で椅子に座らされていた。殺される直前で、運命の悪戯に助けられ、命からがら脱出に成功するが、街に出たアラジーンを、更に驚くべきことが待ち受けていた。滞在していたホテルには自分の影武者がのうのうと出入りしており、ニセモノだ、と訴えても、髭を剃られたアラジーンを見分ける者はひとりもいない。

 それどころか、滞在先のホテル前で抗議活動を行っていたゾーイ(アンナ・ファリス)に同志だと勘違いされ、成り行きで彼女の経営する自然派食品のスーパーに居候することになった。やむなくそこで、人生初の“労働”を体験することとなったアラジーンは、やがて思いがけない人物と遭遇する……

[感想]

 本篇の脚本、製作と主演を兼ねたサシャ・バロン・コーエンは、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』や『ヒューゴの不思議な発明』などでアクの強いキャラクターを演じて存在感を発揮する一方、『ボラット』をはじめ、かなり過激な諷刺を盛り込んだ作品を連発して映画界のみならず話題を提供し続けている人物である。

 私はなかなか機会に恵まれず、今回やっと彼の作品に接することが出来たので、あまり知ったようなことは書けない。ただ、前評判から想像していたよりも品はいい、という印象を受けた。

 描いているもの自体は、たいそう下品だ。各国のセレブを呼び出し褥を共にしているだとか、やたら広いトイレで召使いに尻を拭かせるだとか、非常に緊迫感のある場面でかなり尾籠な事件が起こるだとか、それだけで良識派を自認するかたは眉を顰めるのでは、という描写が相次ぐ。

 だがしかし、まったく野放図に、本当に何もかもを好き勝手にやっている、というわけではない。何を諷刺したいのか、どうすればいちばん効果的か、ということを終始、繊細に考慮しているのが、本篇からは窺える。やっていることは下品だが、そこには少し嫌味なくらいの、知性の閃きがちらついている。

 例えば、ヒロインにヴェーガンを設定した点もそうだ。単純なフェミニストの女性を設定していたら、恐らくまったく噛み合わないだけに終わっただろうが、本篇はヒロイン自体が現代的な、しかし幾分俗世間から距離を置いた人物にしたことで、噛み合わない、という点をうまくコメディとして昇華している。

 そして、本篇の諧謔性の最たるものは、クライマックスでの演説だろう。映画を愛するひとの多くはあのシーンに『チャップリンの独裁者』を重ねて見るはずだ。演じているキャラクターの価値観も立ち位置も異なるが、そのメッセージ性は見事に共通している。その気になればもっと長広舌を振るえたものを、あの程度でさらり、と収めたことが、サシャ・バロン・コーエンの頭の良さと優れたバランス感覚を証明している。

 とは言ってみたものの、やっぱり「そこまでやるか」という行き過ぎたギャグが多いのも事実だ。独裁に至る過程や、自然食品の店でのやりたい放題、あの人をこんなところに、と笑っていいのか嘆いていいのか解らない有名俳優のカメオ出演なんてのもある。個人的にいちばん衝撃的だったのは、ヒロインの店で産気づいた女性を助けるくだりである。アラジーンに対する周囲の評価が変化する場面であり、事件としては作中無視出来ないものなのだが、あんな表現が必要だったかどうか。展開されるのはイメージ映像みたいなものだが、それでも“どこ”を撮しているか、を考えると、引くひとも多そうだ。

 しかしそれもまた、サシャ・バロン・コーエンのバランス感覚、サービス精神ゆえだろう。中途半端にお行儀を良くすれば、諧謔だけが際立ってしまうし、突き抜けたギャグを期待するひとを失望させる。半端にやるよりは、突き抜けてしまったほうが、好んで観てくれる客に対しても、そういうものを回避したがる人に対しても親切というものだ。

 何にせよ、本篇ひとつを観ても、このサシャ・バロン・コーエンという俳優が頭のいい、そして一筋縄でいかない才能だ、ということはよく解る。爆笑はしないかも知れないし、どうしても受け付けられない、というひともあるだろうが、下品なギャグの数々に、はっきりとした社会諷刺の意図を籠めた本篇のスタイルは、近年の映画に対して“毒が足りない”と嘆くような人にとっては久々の刺激になりうるだろう。

関連作品:

スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師

ヒューゴの不思議な発明

ブロークバック・マウンテン

少年は残酷な弓を射る

ジェニファーズ・ボディ

ボーン・レガシー

チャップリンの独裁者

ズーランダー

ラストキング・オブ・スコットランド

グリーン・ゾーン

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