『レ・ミゼラブル』

TOHOシネマズ日劇、外壁の看板。

原題:“Les Miserables” / 原作:ヴィクトル・ユゴー、アラン・ブーブリル、クロード=ミシェル・シェーンベルク / 監督:トム・フーパー / 脚本:ウィリアム・ニコルソン、アラン・ブーブリル、クロード=ミシェル・シェーンベルク、ハーバート・クレッツマー / 製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、デブラ・ヘイワード、キャメロン・マッキントッシュ / 製作総指揮:ライザ・チェイシン、アンジェラ・モリソン、ニコラス・アロット、F・リチャード・パパス / 共同製作:バーナード・ベルー / 撮影監督:ダニー・コーエン,BSC / プロダクション・デザイナー:イヴ・スチュワート / 編集:メラニー・アン・オリヴァー、クリス・ディケンズ / キャスティング:ニナ・ゴールド / 作詞:ハーバート・クレッツマー / 作曲:クロード=ミシェル・シェーンベルク / 音楽プロデューサー:アラン・ブーブリル、クロード=ミシェル・シェーンベルクアン・ダッドリー / 音楽監修:ベッキーベンサム / 出演:ヒュー・ジャックマンラッセル・クロウアン・ハサウェイアマンダ・セイフライドエディ・レッドメイン、ヘレナ・ボナム=カーター、サシャ・バロン・コーエンサマンサ・バークス、アーロン・トヴェイト、ダニエル・ハトルストーン、イザベラ・アレン、コルム・ウィルキンソン / ワーキング・タイトル・フィルムズ/キャメロン・マッキントッシュ製作 / 配給:東宝東和

2012年イギリス作品 / 上映時間:2時間38分 / 日本語字幕:石田泰子

2012年12月21日日本公開

公式サイト : http://lesmiserables-movie.jp/

TOHOシネマズ日劇にて初見(2012/12/21)



[粗筋]

 1815年、妹の子供のために盗んだパンがきっかけで19年に渡る獄中生活を送ってきたジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)に、ようやく仮釈放が認められた。晴れて自由の身になれた、と喜んだのもつかの間、仮釈放の身分であるため、一定期間ごとに出頭が義務づけられているうえ、所持の認められた身分証には“危険人物”のレッテルが貼られており、世間の風当たりは驚くほどに冷たかった。

 食事もままならず、飢えきったところを、ジャンは修道院のミリエル司教(コルム・ウィルキンソン)に救われ、施しを受ける。しかし、与えられた暖かなベッドで休んでいた晩、ジャンは修道院から銀食器を盗み出し、金に換えようとしたところを警官に捕らわれてしまう。苦し紛れに、司教が譲ってくれた、と嘘をついたジャンだったが、司教はその嘘を認めた――ジャンを許したばかりでなく、より高価な燭台を「これを忘れていった」と惜しまずに提供しようとする。

 ふたたび刑務所送りになるところを司教に救われたジャンは、神に感謝するとともに、自らの名に纏わり付いた汚名を疎んじる。ジャン・バルジャンという過去の自分を殺し、新しい人間――別人になる決意を固めた。ジャンは身分証を破り捨てると、ふたたび出頭することはなかった。

 それから8年後。ジャンはまさに別人となっていた。マドレーヌと名乗って縫製工場を営み、多くの貧しい人々に職を与え、篤実な人柄を認められるようになった彼は、地元の市長に選ばれるほどの地位を築いていた。

 だが、危機は突如としてジャンを襲う。ジャンの管理する地域に、新たに赴任してきた警部は、あろうことか彼が収容されていた刑務所で監視官を務めていたジャベール(ラッセル・クロウ)だったのだ。初めて自身のもとにジャベールが現れた際、ジャンは動揺のあまり、工場で起きたトラブルの処理を現場の人間に委ねて去ってしまう。

 のちにジャンは知ることとなる。このときの、ほんの些細な保身が、彼の工場で働くフォンテーヌ(アン・ハサウェイ)という貧しい女を窮地に追いやっていたことを……

[感想]

 ミュージカルに関心のないひとでもタイトルと、代表曲“夢やぶれて”の旋律は知っているのでは、というほどお馴染みの作品だが、それ故に今まで一度も接する機会を持とうとしなかった。だから却って、先入観抜きに楽しめるのでは、と思い、初日から劇場に馳せ参じて鑑賞した。

 その判断は、基本的には正しかったのだが、しかしもとであるミュージカルに接していないからこそなのか、どうしようもなく気にかかった点がある。

 雰囲気が平板なのだ。

 内容自体は波瀾万丈、平板などという単語が思い浮びそうもないくらいに変化に富んでいる。重要人物であるフォンテーヌが登場するまででさえ8年の月日を要し、波乱はさらにそのあとの時代まで続く。関わる人物の多さ、入り乱れる主題の量やその奥行きは、なるほど、と本篇のもととなった小説が長年にわたって定番となったことを納得させる。ミュージカルとしても、メインとなる旋律にさまざまな歌詞、様々な人物の心情を乗せ、ときに複数の台詞を重ねて、ダイナミックにドラマを構築している。

 だがこの映画版、ミュージカル版における楽曲を、おそらくは無駄なく活かそうとした結果、盛り上がりが多過ぎて、全体としての印象が平坦になってしまっている。たとえば大きな見せ場のあと、映像的な箸休めや、ちょっとした会話で間を入れる、といった工夫がもう少しあれば、ハイライトを更に強調し、それぞれの場面が本来持っていた効果をより増大できたはずだ。そこを怠っているために、人物に対して感情移入しにくい、或いは一歩引いて鑑賞するような人間には、あれほど紆余曲折が多くても退屈を覚えてしまう可能性がある。恐らく問題は編集か、監督の采配にあるのではなかろうか。

 しかし、その点を除けば、本篇の完成度は見事なものだ。鍵は、一般のミュージカル映画のように、スタジオで歌を録音するのではなく、その場で歌わせていることにある。スタジオ録音であれば歌はクリアに響き、音を外すようなこともないが、その代わりにどうしても人工的な印象を与えてしまう。撮影の現場で歌う、というこの発想は、動きながらなので音程が乱れることもしばしばだが、身体の動きと歌声がシンクロすることで、歌詞が持つ感情をよりダイレクトに表現出来るようになる。個人的には、何故いままでそうしていなかったのか、と首を傾げるくらいにシンプルだが、巧く嵌まれば非常に効果的な趣向である。

 本篇は、もともと最適なキャストが割り振られていることもあって、この趣向が最大限に効力を発揮している。冒頭から、服役中の囚人たちが雨のなか、巨大な船を牽引しながら歌い始めるのだが、水飛沫を浴びながら発する声の作りに不自然さがなく、臨場感がある。恐らくはモブでさえもミュージカル経験者で固めているのだろうが、ここで見せるヒュー・ジャックマンラッセル・クロウの歌唱でいきなりノックアウトされるような心地を味わうはずだ。このふたりの俳優は作中、ほとんどの年代で登場するが、その都度年輪をきちんと刻みつつも統一感、説得力を損なわず、最後まで素晴らしいシンクロぶりを示す。

 わけて出色なのは、ジャン・バルジャンの晩年における命運を左右する重要な登場人物フォンテーヌを演じたアン・ハサウェイだ。全体でいうと中盤にしか登場しないが、予告篇でも大々的にクローズアップされている“夢やぶれて”の歌唱は震えが感染しそうなほどの熱演を披露して、強烈な印象を刻む。クライマックスでジャン・バルジャンが下す決断と、付随する周囲の行動とがあれほど熱い涙を誘うのは、ここでフォンテーヌを襲う悲劇が登場人物のみならず、観客の胸にのしかかっているが故だ。本篇では、中心となって歌う俳優の顔を大きくクローズアップするカメラワークが頻繁に見られるが(これも頻繁すぎるからこそ平板な印象に繋がっているので、演出の方法としてはやや評価しづらいのだが)、あれほど長時間、ずっと表情だけを見せられて、それだけで圧倒されるというのもなかなかあることではない。

 序盤で辛辣なことを書いたが、しかしこういう点を気にするのは恐らく少数派だろう。素直に感情移入が出来るひと相手であれば、俳優と真っ向に向き合い、その感情を間近に味わえる本篇の演出は効果的だ。ストーリーそのものの持つ力強さは、俳優たちの熱演もあって損なわれてはいないので、実はもとの作品に繰り返し接しているようなひとほど違和感を覚えずに済むかも知れない。ミュージカル版未経験でも、その豊饒なドラマの世界に存分に浸ることの出来る作品である。

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