原題:“Psycho” / 原作:ロバート・ブロック / 監督&製作:アルフレッド・ヒッチコック / 脚本:ジョゼフ・ステファノ / 撮影監督:ジョン・L・ラッセル / 美術:ジョセフ・ハーレイ、ロバート・クラットワージー、ジョージ・マイロ、ソウル・バス / タイトルバック&絵コンテ:ソウル・バス / 編集:ジョージ・トマシーニ / 助監督:ヒルトン・A・グリーン / 音楽:バーナード・ハーマン / 出演:アンソニー・パーキンス、ヴェラ・マイルズ、ジョン・ギャヴィン、マーティン・バルサム、ジョン・マッキンタイア、サイモン・オークランド、ジャネット・リー / 配給:パラマウント / 映像ソフト発売元:GENEON UNIVERSAL ENTERTAINMENT
1960年アメリカ作品 / 上映時間:1時間49分 / 日本語字幕:木原たけし
1960年9月17日日本公開
2012年4月13日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
新・午前十時の映画祭(2013/04/06〜2014/03/21開催)上映作品
[粗筋]
アリゾナ州フェニックス、12月11日金曜日。
10年間、真面目に勤めてきたマリオン・クレーン(ジャネット・リー)に魔が差したのは、その朝、久しぶりに逢瀬を愉しんだ恋人サム・ルーミス(ジョン・ギャヴィン)の苦境を聞かされたからだった。結婚したくても、亡夫の借金と、別れた妻に渡す養育費とでかつかつの生活を送っているサムにはその余裕がない。そんな話を聞かされた矢先に、職場で4万ドルもの支払を現金で済ませる豪気な客が現れた。銀行に預けるよう指示されたマリオンは、頭痛を理由にして、そのまま早退する届けをして――銀行に寄らず、自宅に戻ると、荷造りをして街を発った。
最初の夜を車中で過ごしたが、途中で遭遇した警官に怪しまれ、執拗に追われたのを悔いて、マリオンは目的地であるサムの住む街の手前でモーテルに車を滑り込ませる。
旧道の脇に建つその宿ベイツ・モーテルは、最近出来た新道に客の流れを奪われ、閑散としていた。現れた経営者ノーマン(アンソニー・パーキンス)はマリオンを事務所の隣の部屋に案内し、彼女を食事に誘う。鳥の剥製が幾つも飾られた応接間で、やけに陰気な話をするノーマンに幾分薄気味の悪いものを感じたが、彼の言葉で気持ちが揺らぎ、今からでも職場に戻って、金を返すことを決意する。
使いこんでしまった分をどうするか悩んだが、考えるのをやめ、マリオンはシャワーを浴びることにした。長旅の疲れを洗い流す、彼女の背後に下りるカーテンの向こう側に、何者かのシルエットが映り込み――そして、浴室に悲鳴が響いた。
[感想]
おぞましくも美しい殺人シーンと、そして結末の衝撃があまりにも有名な作品である。のちの傑作『羊たちの沈黙』でもモチーフに使われた実在の殺人犯エド・ゲインをいち早く題材にした映画としても知られている。
あまりに著名すぎるせいか、全篇きちんと通して観たのは間違いなくこれが初めてなのだが、伝説的な殺人の場面も結末も内容を知っていたため、そういう意味で驚きや衝撃は受けなかった。
だが、そんなことは問題にさせないほど、本篇は魅力的だ。静かで気品のある映像だが、物語には終始緊張感が保たれ、惹きつけられずにいられない。序盤はマリオンの罪と逃避行についてサスペンスフルに描き、いつ見つかるのか、という恐怖感で引っ張りながら、それがモーテルでの出来事を境に一変する衝撃。そこからは複数の人物の視点を行き来し、複雑に展開しながらも、決して観る側を混乱させず、最後の驚きへと導いていく。
もし私同様に、殺人の場面や結末を知っていても、そこに至る道程で退屈させられることはまずないだろう。細かな仕草や表情、構図が醸しだす危険な予兆に眼を奪われ続ける。
観ながら思うのは、恐らく現代に同じ題材を映画化したなら、もっと美術は薄汚れた、醜悪なものになるのではないか、ということだ。中盤以降の舞台となるモーテルはもっと朽ちた、あるいはうらぶれた美術となり、クライマックスで登場人物が目撃するものは更におぞましく、凄惨なものになっただろう。モデルとなった事件を知っていると、そうなるのが当然、と考える。
しかし本篇の映像は、終始美しい。それは、当時の文化、風俗がそういう醜さを採り入れるところにまで至っていなかったこと、ヒッチコック監督がもともとイギリスの監督であり、品性のある映像作りをしていて、本篇でもそれを貫いていることなどが挙げられるだろうが、翻って現代に、こういう風にこの題材を処理するのは非常に困難だろう。当時に、ヒッチコックという才能が存在していたからこそ成立した解釈であり、研ぎ澄まされた作品なのだと思う――原作は未読なので、もしかしたら本篇のような描き方、解釈は原作から出発しているのかも知れないが、仮にそうだとしても、ヒッチコックが扱わなければ恐らく、映画史に残る、とまで言われる仕上がりにはならなかった。
モデルとなった事件で行われていたことを知れば、その猟奇性に恐らく慄然とする。そして、そこから興味本位にインパクトのある要素を残すのではなく、サスペンスとして成立させるために必要なものだけを残し、現実の事件とはまったく別個に、歴史に刻まれるものにまで昇華させてしまった。考えてみれば、奇跡に等しいかも知れない。たぶん、もうこんなタイプの傑作は、そう容易には誕生しない。
関連作品:
『レベッカ』
『裏窓』
『鳥』
『十二人の怒れる男』
『羊たちの沈黙』
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