原作:東直己『探偵はひとりぼっち』(ハヤカワ文庫JA・刊) / 監督:橋本一 / 脚本:古沢良太、須藤泰司 / 撮影監督:田中一成 / 美術:福澤勝広 / 照明:吉角荘介 / 編集:只野信也 / アクションコーディネーター:諸鍛冶裕太 / キャスティングプロデューサー:福岡康裕 / 音楽:池頼広 / 音楽プロデューサー:津島玄一 / 出演:大泉洋、松田龍平、尾野真千子、ゴリ、渡部篤郎、田口トモロヲ、篠井英介、浪岡一喜、近藤公園、筒井真理子、矢島健一、松重豊、マギー、池内万作、安藤玉恵、佐藤かよ、麻美ゆま、桝田徳寿、冨田佳輔、徳井優、片桐竜次 / 配給:東映
2013年日本作品 / 上映時間:1時間59分 / PG12
2013年5月11日日本公開
公式サイト : http://www.tantei-bar.com/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2013/06/17)
[粗筋]
ススキノを拠点に、探偵稼業をしている俺(大泉洋)の親しい友人が、人生の晴れ舞台の直後、無惨に殺された。
オカマたちのショーパブ、トムボーイズ・パーティに勤めていたマサコちゃん(ゴリ)は、いつからかマジックに嵌まり、最初は拙かった腕前を生真面目に磨き、いつしか店の目玉イベントとしてお披露目するレベルに達した。俺はそんな彼女に、テレビで企画された素人マジシャン大会に出場することを勧めた。「自分がちょっとでも有名になったりすると迷惑がかかる人がいるから」と最初は遠慮していたが、けっきょく腰を上げた彼女は、あれよあれよという間に全国大会で優勝を成し遂げる。そしてその2日後、自宅マンション近くのゴミ捨て場で、骸となって発見されたのだ。
パブのママ、フローラ(篠井英介)たちと共に泣き、怒り、警察が無事に犯人を捕まえてくれることを祈ったが、それから3ヶ月、ろくに成果は上がらなかった。そのあいだ、柄にもなく女に溺れ、すっかりうつつを抜かしていた俺は、病が癒えたところで、未だ捜査の目処が立っていないことを知り、独自に捜査に乗り出すことを決めた。
だが、あれほど憤っていたはずの仲間たちの様子は、この短い間に一変していた。捜査に乗り出す、と言った俺にママやパブの同僚たちは口をつぐみ、風俗の看板持ちたちもどうやら政治絡みでみんなが恐れを為したらしい、とだけ口にして言葉を濁す。
どうやら、関係しているのは地元政治家のホープ、橡脇孝一郎(渡部篤郎)らしい。実はマサコちゃんは東京在住の時期に孝一郎の愛人だったことがあり、現在脱原発運動の旗手である橡脇が、大会優勝で注目を集めたマサコちゃんを、醜聞になることを恐れて殺した、というのだ。半信半疑だった俺だが、橡脇の父親である先代と因縁のあるヤクザたちに痛めつけられ、正体不明のマスクの男に襲われ、孝一郎、或いは周辺の人間の犯行である可能性が濃厚になる。
やがて俺の前に、マサコちゃんが熱心なファンで、幾度もファンレターを送っていたというヴァイオリニスト、河島弓子(尾野真千子)が現れた。彼女を依頼人として、俺は本格的に捜査に臨んだが、しかしこの女が、とんだ疫病神だった……
[感想]
北海道出身の作家・東直己がデビュー以来書き継いできた、ススキノを拠点とする“探偵”を主人公とするハードボイルド小説を、大泉洋主演にて映画化したシリーズの第2作である。
発表は1992年だった原作を現代に移し替え、同題の第1作ではなく評価の高い第2作『バーにかかってきた電話』をベースにするなど、若干のアクロバティックな変更・脚色を行いながらも、原作シリーズのテイストを保存し、かつ往年の日本産娯楽映画のテイストを思い出させる程良い色気やユーモアを盛り込んだ前作の好評を受けての続篇だが、前作に惹かれた観客の期待をいい意味で裏切ることのない仕上がりだ。
前作で既に確立された、映画ならではの個性はすべて温存している。本篇の原作は、実は刊行から次の作品の発表までにだいぶ時間が空き、主人公である探偵の境遇が大きく変わるターニングポイントに位置する作品であるため、『バーにかかってきた電話』と比較しても既に幾つかの違いが見出されるのだが、映画版は第1作とそれほど大きな違いはない――事件直後に何故か女にうつつを抜かしてしばらく腑抜けになる、という描写はあるが、それも実のところ、原作のある要素を受けてのことであるし、復帰後の“活躍”は前作の面白さを見事に踏襲している。随所でアクションを繰り広げ、どこか道化者っぽい振る舞いをしながらも、全体を通して観ればカッコいい。
濃すぎる脇役たちも、物語の魅力をいっそう際立たせている。何故か探偵にべた惚れで、やたらと扇情的な衣裳で現れるウェイトレスや、ショーパブのままや看板持ちといった歓楽街の面々、前々から持ちつ持たれつの間柄であるヤクザや、前作で探偵に文字通り鼻っ柱をへし折られた男もいい味わいで登場する。原作ではただ常連の脇役という程度の位置づけだったが、映画ではほぼ正式な助手に格上げされた高田(松田龍平)に至っては、前作以上に存在感が増している。武術の達人で、格闘シーンでは探偵を凌駕する強さを示す頼もしい相棒だが、しかし肝心なところでなかなか現れず、探偵にとっては無用な、しかし観客にとっては美味な見せ場を提供してくれる点でも貴重だ。なだめすかしてどうにか走ってくれる彼の愛車も、この映画にとっては欠かせない持ち味となっている。
そして何より、脚色の巧さはやはり賞賛に値する。原作は面白さは充分ながら、シリーズ最高傑作との声もある『バーにかかってきた電話』と比較すると、ミステリ的な風味はやや落ち気味だ。それをこの映画では、キモを外すことなく、うまくアレンジして謎解きとしての魅力を増している。序盤、ヤクザの登場がちょっと不自然であったり、クライマックスに添えられた映画独自の趣向がいささか情に流れすぎている点が気になるが、原作が持っていた要素をうまく膨らまし、ドラマティックにしているという意味ではケチのつけようがない。探偵の捜査によって事件の全体像、というより、“マサコちゃん”という波瀾万丈の人生を送ってきた彼女の姿が少しずつ浮き彫りになっていくかのように感じられるのが秀逸だ。
個人的には、原作でも絡んでくる政治的要素を、非常に繊細に扱っていることにも好感を覚えた。本気で語り出すと観る側でも意見の対立を招きそうな部分なのだが、結果としての出来事や、それに対する探偵の立ち位置に焦点を絞っているため、そこで軋轢を招く可能性が低い――ただ、この点について、どこまで自覚的にやっているのかは少々疑問が残るところではあるのだが、そこにバランス感覚がほの見える、ということ自体が、本篇に携わったスタッフ・キャストがいい具合に作品と噛み合っているという証左でもある。
残念ながら興収のトップにはならなかったものの、きちんとヒットに繋げたことで、公開後間もなく第3作の製作が発表された。第1作の魅力をまったく損なわない本篇を送り出してくれたこの製作陣なら、引き続き期待しても裏切られない――裏切られるにしても、きっと快い裏切りだろう、と信頼できる。願わくば、大泉洋が「もう動けません」と泣き言を漏らすくらいまで、堂々たる娯楽映画の面白さを繋いでいってほしいところである。
関連作品:
『アフタースクール』
『劔岳 点の記』
『小川の辺』
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