原題:“Double Indemnity” / 原作:ジェームズ・M・ケイン / 監督:ビリー・ワイルダー / 脚本:ビリー・ワイルダー、レイモンド・チャンドラー / 製作:ジョセフ・シストロム / 製作総指揮:バディ・G・デシルヴァ / 撮影監督:ジョン・サイツ,A.S.C. / 美術:ハンス・ドライヤー、ハル・ペレイラ / 編集:ドーン・ハリソン / 衣装:イーディス・ヘッド / キャスティング:ハーヴィー・クレモント / 音楽:ミクロス・ローザ / 出演:フレッド・マクマレイ、バーバラ・スタンウィック、エドワード・G・ロビンソン、ジーン・ヘザー、トム・パワーズ、バイロン・バー、リチャード・ゲインズ、フォーチュニオ・ボナノヴァ / 映像ソフト発売元:ファーストトレーディング、他
1944年アメリカ作品 / 上映時間:1時間47分 / 日本語字幕:?
日本劇場未公開
2011年2月15日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
DVD Videoにて初見(2014/02/05)
[粗筋]
パシフィック保険会社のセールスマンであるウォルター・ネフ(フレッド・マクマレイ)がフィリス・ディドリクソン(バーバラ・スタンウィック)と出逢ったのは、5月のことだった。夫のディドリクソン氏(トム・パワーズ)の自動車保険の更新について商談に訪れたのだが、いたのは家政婦とフィリスだけだった。ひと目見て、ウォルターは彼女に心惹かれてしまう。
ディドリクソン氏の在宅時に改めて話をするつもりだったが、フィリスに請われて約束よりも早い日に赴くと、今度も氏は不在だった。家政婦もおらず、やけに深刻な面持ちでフィリスがウォルターに訊ねたのは、夫に秘密で傷害保険を申し込めるか、ということだった。
彼女の申し出の危険性をすぐに悟ったウォルターは急いで彼女から離れようとしたが、フィリスの美しさに魅せられていたウォルターは心穏やかでなかった。電話帳で居場所を調べたフィリスの訪問を受けると、とうとうウォルターは屈服してしまう――保険金目当ての殺人に荷担することを約束してしまったのだ。
長年、保険金詐欺を扱ってきたウォルターは慎重に計画を練る。彼が恐れているのは、頑固者だが極めて目端が利き、保険金搾取目的の小細工を決して見逃さない同僚バートン・キーズ(エドワード・G・ロビンソン)の存在だった。翻って、もしバートンの眼をごまかせるようなら、成算はある。
ディドリクソン氏の骨折、というトラブルによりいちどは計画の延期を余儀なくされるが、やがて遂に決行の時が訪れる。ディドリクソン氏と同じ服装、同じギブスを嵌めたウォルターは、ディドリクソン氏の車に身を潜め、その時を待った……。
[感想]
近年、村上春樹による新訳がベストセラーとなっているレイモンド・チャンドラーは、一時期ながらハリウッドで仕事をしていた。ものの本に拠れば、このハリウッド進出は決して思わしいものではなく、間もなく撤退したということだったが、そんな彼が手懸けたうちのひとつである本篇は、なかなかどうして、優れた倒叙型サスペンスとなっている。
事件の構造自体はごくごく明快だ。美女との出逢いで、死亡保険を得るための計画に荷担することになった保険セールスマンの姿を、どうやらすべてが決着した時点の述懐、という立ち位置から描写している。予め結果が提示された状態で、どうしてそこに至ったのか、という謎を観客の前に大胆に提示して、それを牽引力にする。決して派手な紆余曲折もなければ、さほど差し迫ったやり取りもないのに、終始漂う緊迫感が秀逸だ。
原作は未読だが、チャンドラーが脚本に加わった、と聞くと頷ける要素に満ちている。芝居がかっているが趣のある会話、とりわけ本篇において、主人公ウォルターが誰よりも警戒する相手であるバートンとの応酬から滲み出すエッセンスが素晴らしい。お互いを理解しているからこその憎まれ口、事件発生前後の絶妙な距離感、そしてラストシーンの会話が讃える情感。当時としては革新的なほどに不道徳で魅惑的な“悪女”を体現したフィリスの造形は、その後のサスペンス映画に与えた影響は多大と言われるが、それ故に後世のほうが研ぎ澄まされており、シンプルながら滋味に富んだ男達のやり取りはいま観ても印象的だ。
絶妙な人物造型と、その静かな駆け引きが生み出す物語は、大逆転、と言えるほど劇的な変化は訪れないが、終盤まで展開を読ませない。もう少し言動に裏打ちが必要なのでは、と感じる箇所も少なくないが、それがほどよい行間を作り、味わいとなっているのも確かだ。今となってはシンプルすぎるが、それ故に醸し出せない味わいを、本篇は濃密に湛えている。
前述した通り、チャンドラー自身にとっては満足のいく仕事ではなかったと言われるし、監督であるビリー・ワイルダー後年の洒脱にして優れた語り口と比較するとあっさりしすぎている感がある。だが、製作中は決して円満な関係ではなかった、と言われるふたりの味わいが絶妙なバランスで溶けあった本篇は、それ故にどちらの作風の良さを留め、どちらにも縛られない魅力を得るに至った。“フィルムノワール”の原点としても名を残している作品だが、結局相容れなかった才能が、いちどきり奇跡的な融合を果たした作品としてもその名を留めるだろう。
関連作品:
『失われた週末』/『麗しのサブリナ』/『お熱いのがお好き』/『昼下りの情事』/『アパートの鍵貸します』/『あなただけ今晩は』
『第三の男』/『「空白の起点」より 女は復讐する』
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