原作:笹本稜平(文藝春秋・刊) / 監督&撮影:木村大作 / 脚本:木村大作、瀧本智行、宮本敏正 / 監督補:宮村敏正 / 製作:石原隆、市川南 / プロデューサー:松崎薫、上田太地 / 美術:佐原啓史 / 照明:鈴木秀幸 / 編集:板垣恵一 / 録音:石寺健一 / 音楽:池辺晋一郎 / 主題歌:山崎まさよし『心の手紙』 / 出演:松山ケンイチ、蒼井優、檀ふみ、小林薫、豊川悦司、新井浩文、吉田栄作、安藤サクラ、池松壮亮、仲村トオル、市毛良枝、井川比佐志、石橋蓮司 / 配給:東宝
2014年日本作品 / 上映時間:1時間56分
2014年6月14日日本公開
公式サイト : http://www.haruseotte.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2014/06/17)
[粗筋]
株式のトレーダーとして、会社の期待を背負っていた長峯亨(松山ケンイチ)が、高額な取引の監視に気を取られているあいだに、母・菫(檀ふみ)からの電話が入っていた。留守録を確認して、亨は愕然とする。父・勇夫(小林薫)が死んだ、というのだ。
立山連峰のふもとで旅館ながみねを経営していた勇夫は、だが20年前に山の避難小屋を改装し“菫小屋”と名付け、旅館を妻に任せて自分は山荘の経営に勤しんでいた。救助隊の要請により、遭難者の救援に向かった勇夫は、滑落に巻き込まれ、遭難者を無事に助けたものの、自身は頭を強打し、帰らぬ人となってしまった。
どうにか仕事を一段落させ、郷里に帰った亨は母と、昨年から菫小屋を手伝っている高澤愛(蒼井優)とともに久しぶりに菫小屋を訪れる。もともと赤字続きで、勇夫なしで経営の立ちゆかない菫小屋をひとに譲る決意を語る母だったが、他人の金を右から左に動かして収入を得、勝ち負けに一喜一憂する金融業界に辟易しつつあった亨は、父の想いが詰まった山小屋を前にして、別の決心をしていた。
俺が、菫小屋を経営する。
亨には無理だ、と菫は難色を示したが、決意は揺るがなかった。愛に加え、勇夫の後輩で、きまぐれのように現れては勇夫を助けていた風来坊の多田悟郎(豊川悦司)の協力も得て、亨は手探りで山荘の経営を始める……
[感想]
名カメラマン木村大作が自ら企画して、興収面でも評価の面でも成功を収めた『劔岳 点の記』から5年を経て、ふたたび山を題材に、自らメガフォンを取った監督第2作である。
カメラマン出身だけあって、映像美は前作にも引けを取らない。相変わらず、息を呑むような絶景を巧みに切り取り、冷静に眺めたとき、よくもまあこんなアングルで撮影できたものだ、と感心させられる。丁寧なロケハンの痕跡が窺える映像の数々は、それだけで本篇にわざわざ映画館まで足を運んででも鑑賞する価値をもたらしている。
ただ、『劔岳』でも覗いていた欠点は、本篇でより顕著になった感がある。カメラマン出身だから、とは言いたくないが、どうもシナリオの質に問題があるのだ。
恐らくは、過剰に気取らない、しかしきちんと映画として格のある表現を選ぼうと試みたのだろう、そういう意志は窺えるのだが、如何せんいまひとつ吟味が足りない印象だ。また、間の取り方が不充分なやり取りが多く、そんな芝居がかった台詞を簡単に発していいのか? というタイミングで言わせてしまっているため、全般に台詞が浮いてしまっている。それほど気取った言い回しをしていない、恐らくそう配慮しているらしいだけに、どうにも惜しまれる。
また、個人的には音楽の使い方も勿体なく思う。こちらも『劔岳』に続いて池辺晋一郎を起用、オーケストラを用いた壮大な楽曲は大自然にはよく馴染むが、亨の都会生活のパートで少々安易に用いてしまっている。舞台が山に移ってからの描写に説得力を与えればいいのだから、都会のパートではもっと音の数を抑えた楽曲にするか、いっそBGMを排除してしまったほうが効果的だったのではなかろうか。
と、だいぶ厳しめに記しているが、ただ観ていて非常に快い仕上がりである。
本篇には大きな紆余曲折といったものはない。冒頭の父の死がそのすべてで、あとはほぼ想像の域に収まっている、と言っていい。だが、主人公である亨は勿論のこと、愛にも悟郎にも人生の挫折があり、その果てにこの地に辿り着いている。そうした背景を、回想を用いることなくそっと織りこんで、偶然が生んだ絆が過酷な環境で育まれていくさまを、だが本篇中では大きな波乱を起こさないまま描いていく。意外性こそないけれど、それ故に本篇の語り口は徹底して快い。
全般にいまひとつ、とは評したが、台詞の選択や扱いに、ときどきと胸を衝かれる。決まり文句の反復で、人物の変化や成長を表現する、というのはごく有り体な手法ながら、本篇のような素朴な組み立てでは思いのほか優しく効果を上げている。他方で、肝心な場面であえて当事者の会話を観客に聞かせない、という方法を選んでおり、その判断には舌を巻く――ただ、そのあとの描写がやはり安易で、折角の鮮烈なインパクトを損なってしまったのは残念だったが。
そして何よりも、立山連峰の厳しくも雄大な光景と、ひとびとが織り成す柔らかで暖かい交流とのコントラストが絶妙なのだ。時として荒々しく牙を剥き、人間を捕らえる大自然は、しかし同時に、順応するひとびとを穏やかに包みこんでいるようにも映る。その優しさに、観る側までも浸ってしまいたくなるのだ。
個人的には、シナリオや演出の練り込み不足がどうしても気にかかり、お世辞にも名作とは呼びにくい、と感じる。ただ、間違いなく映画館で観るに相応しい題材と映像の質であり、観たあとに決して嫌な想いはしない、本当に快い作品であることは断言できる。
関連作品:
『劔岳 点の記』
『清須会議』/『るろうに剣心』/『必死剣鳥刺し』/『山桜』/『ゲド戦記』/『一命』/『UDON』/『行きずりの街』/『ゼロの焦点』/『銀の匙 Silver Spoon』
『アース』/『グランド・ブダペスト・ホテル』
コメント