原題:“Inside Llewyn Davis” / 監督&脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン / 製作:スコット・ルーディン、ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン / 製作総指揮:ロバート・グラフ、オリヴィエ・クールソン、ロン・ハルパーン / 撮影監督:ブリュノ・デルボネル / プロダクション・デザイナー:ジェス・ゴンコール / 編集:ロデリック・ジェインズ(コーエン兄弟の別名義) / 衣装:メアリー・ゾフレス / エグゼクティヴ音楽プロデューサー:T=ボーン・バーネット / 出演:オスカー・アイザック、キャリー・マリガン、ジョン・グッドマン、ギャレット・ヘドランド、F・マーレイ・エイブラハム、ジャスティン・ティンバーレイク、スターク・サンズ、アダム・ドライヴァー / 配給:LONGRIDE
2013年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:石田泰子
2014年5月30日日本公開
公式サイト : http://insidellewyndavis.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2014/06/24)
[粗筋]
1961年、いつものようにクラブで歌っていたルーウィン・デイヴィス(オスカー・アイザック)は、舞台を降りたあと、前日に飛ばした野次で難癖をつけられ、したたか殴られて昏倒する。目醒めたときには、知人である大学教授のアパートのソファで、猫に踏み付けにされていた。
荷物を抱えて出て以降としたとき、猫が一緒にアパートを出て来てしまい、仕方なく猫も抱きかかえて、ルーウィンはジーン(キャリー・マリガン)とジム(ジャスティン・ティンバーレイク)のアパートに赴く。だがそこでルーウィンはジーンに、「妊娠した」と告げられた。ジムとデュオで活動しているジーンは私生活でもジムのパートナーだが、ルーウィンは彼女に成り行きで手を出してしまい、困ったことにどちらが本当の父親か解らない、という。ルーウィンは堕胎費用を持つことを請け負った。
ルーウィンは先日リリースした初のソロ・アルバムの印税の支払いを求めて、所属レーベルの社長に直訴したが、のらりくらりとかわされてしまった。妹に無心しようにも、彼女は彼女で、認知症になった父親の面倒を看るのに必死で余裕などない。
とにかく稼がなければならなかった。自分よりも若いミュージシャンのレコーディングで伴奏を務めて、若干の賃金を得たルーウィンは、かねてから売り込みをしていたシカゴのクラブに自ら赴くことを決意する……
[感想]
音楽業界の内幕、というのは映画でわりあいよく採り上げられる題材だろう。実話を題に採った『バード』や『Ray/レイ』、フィクションでも『クレイジー・ハート』のような秀作があったことは記憶に新しい。
自作に引用する音楽のセンスの良さで知られ、『オー!ブラザー』ではまるまる音楽をネタにしていたくらいだから、コーエン兄弟がこの題材に手をつけるのは不思議ではない。そして、案の定と言うべきか、単純な採り入れ方はしていない。
本篇の主人公ルーウィン・デイヴィスは実在しないミュージシャンだが、エンディングに曲が用いられているデイヴ・ヴァン・ロンクという本物のフォーク・シンガーの回想録をもとにしているのだという。『ファーゴ』のように、ありもしない事件をさもまことしやかに語った彼らのこと、たぶん相当にアレンジしていることが疑われるが、しかしそんな嘘くささを感じさせないほどに時代の空気が絶妙に再現され、そして実際と比較する必要を感じさせないほどに作品のムードが完成されている。
売れないアーティストの苦闘、というならフィクションとしてさほど珍しい題材ではないが、本篇のルーウィン・デイヴィスの振る舞いは実に実感的だ。演奏すれば反応は悪くないがレコードの売上は振るわず、特定の家を持たずに友人知人のソファを間借りして寝起きしている。自身の奔放な行動が原因でいっそう追い込まれると、小金を得るために不本意な演奏も担当し、遠路はるばる売り込みに出かけ……。己の現状をこれ見よがしに愚痴るのではなく、泰然と受け止めているようでいて、売れているひとびとにそれとなく羨望の眼差しを向け鬱屈を溜めこんでいる、そんな表情が観ていて沁みるほどにリアルだ。それこそ回想録から引用したエピソードをうまく活かしているのかも知れないが、他の作品よりもどぎつさを抑えながら、そのユーモアの手触りなど、やはりコーエン兄弟特有の味が効いているからこそのリアリティなのだろう。
それにしても本篇のルーウィンの立ち位置は本当に切ない。誰も彼の実力を全否定はしないし、キャリアもある。だが、だからと言って決して商売になるわけでもない。レーベルの枠や契約に縛られて、収入もままならず、舞台に立とうとしても直感や印象に振り回される。私生活では自業自得、と見えるところも少なくない(というかほとんどそうだ)が、情熱や才能だけでは如何ともし難い業界のありように、なすすべもなく翻弄される。身につまされるひともたぶん少なくないはずである。
コーエン兄弟の巧さは、物語の終盤でより強く発揮される。まるで延々と同じことを繰り返し続けることを暗示するかのような成り行きに、しかしわずかな違和感が挿入される。そこに、たとえ当人が変わらない毎日を繰り返しているように映っても、時代は変化に向かっている、という事実が仄めかされる。ある出来事の背後で、ルーウィン以外の人物による演奏が続けられ、BGMのように鳴り響いているが、それが何者なのか気づくと余計にハッとさせられるはずである。
夢を追うことの素晴らしさ、尊さなど主張しない。むしろそういう生き方はクズみたいなものだ、という自嘲が、言葉にせずとも響いてくる。だが、それでもこのやり方で生きていくしか出来ない切なさと、不思議な清々しさが滲む。人生はクズみたいなものだけど、だからと言って捨てられるようなものじゃない、とユーモア混じりに背中を叩くような作品である。コーエン兄弟の作品は、唐突に躊躇のない暴力描写が現れるため、苦手意識のあるひともいるかも知れないが、本篇については身構えることなく愉しめるのではなかろうか。
関連作品:
『ファーゴ』/『バーバー』/『ディボース・ショウ』/『ノーカントリー』/『バーン・アフター・リーディング』/『トゥルー・グリット』
『ボーン・レガシー』/『ドライヴ』/『ハングオーバー!!! 最後の反省会』/『トロン:レガシー』/『グランド・ブダペスト・ホテル』/『人生の特等席』/『デイ・オブ・ザ・デッド』/『リンカーン』
『バード』/『Ray/レイ』/『シュガーマン 奇跡に愛された男』
『センチメンタル・アドベンチャー』/『スクール・オブ・ロック』/『ドリームガールズ』/『アイム・ノット・ゼア』/『クレイジー・ハート』/『カルテット!人生のオペラハウス』
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