『大いなる陰謀』

原題:“Lions for Lambs” / 監督:ロバート・レッドフォード / 脚本:マシュー・マイケル・カーナハン / 製作:ロバート・レッドフォードマシュー・マイケル・カーナハン、アンドリュー・ハウプトマン、トレイシー・ファルコ / 製作総指揮:ダニエル・ルピ、ポーラ・ワーグナートム・クルーズ / 撮影監督:フィリップ・ルースロ,A.F.C.,A.S.C. / 美術:ヤン・ロールフス / 編集:ジョー・ハッシング,A.C.E. / 衣装:メアリー・ゾフレス / 音楽:マーク・アイシャム / 出演:ロバート・レッドフォードメリル・ストリープトム・クルーズマイケル・ペーニャデレク・ルークアンドリュー・ガーフィールドピーター・バーグ / ワイルドウッド・エンタープライゼス、ブラ・ナ・ポン、アンデル・エンタテインメント製作 / 配給:20世紀フォックス

2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間32分 / 日本語字幕:戸田奈津子

2008年04月18日日本公開

公式サイト : http://www.ooinaruinbou.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/04/22)



[粗筋]

 テレビ局で報道に携わるジャニーン・ロス(メリル・ストリープ)は、かつて彼女が“共和党の若きホープ”と評し、今や次期大統領候補の呼び声も高いジャスパー・アーヴィング上院議員(トム・クルーズ)から議員庁舎に呼び出され、突如単独インタビューの機会を与えられた。しかも1時間という、多忙な議員にしてみれば大盤振る舞いの待遇である。訝しがる彼女にアーヴィング上院議員は、既に6年に及んでいる対テロ戦争に新展開を齎す作戦がある、という情報を提供する……

 そこからアメリカ大陸のほぼ正反対に位置するカリフォルニア大学で、スティーブン・マレー教授(ロバート・レッドフォード)がひとりの生徒を研究室に呼び出していた。政治科学を専攻する教授の講座で優れた才能を示した彼、トッド・ヘイズ(アンドリュー・ガーフィールド)は、だがしばらく前から欠席が多くなり、週に一度顔を見せるかどうか、というところまで落ちこんでいた。トッドは友愛会の活動や、ガールフレンドとの交際に忙しい、と言い訳するが、そんな彼にマレー教授は、成績Bを提供する代わりに今後全講義を欠席するか、或いは――という奇妙な提案をする。その提案は、優秀だったマレー教授の教え子ふたりに絡むものだった……

 そして、もうひとつの舞台は、アフガニスタン。大雪の高山に拠点を設け、そこから敵を一掃する、という作戦のために、雪の降りしきる中を、一台のヘリが小隊を乗せて飛び立った。雪のために行動は困難である、という情報で動いていた彼らだったが、降下直前で突然の銃撃に遭い、負傷者を出してしまう。そんな中、兵士のひとりアーネスト(マイケル・ペーニャ)がヘリから転落、彼を追ってアーリアン(デレク・ルーク)も飛び降りる。ヘリが離脱し、取り残されたこのふたりこそ、他ならぬマレー教授に目をかけられていた学生達だった……

[感想]

 脚本は、『キングダム―見えざる敵―』を手懸けた人物である。矛盾を孕んだ土地での犯罪行為を捜査するために赴いたFBIと現地警察との軋轢、そして信念のために血を流すテロ組織との死闘をスリリングに描きつつ、最後の台詞によって強烈なインパクトを齎した秀作であり、それを知っていたために、もっと戦場での緊迫感と、アメリカ国内でのスリリングな駆け引きが採り上げられているのかと思っていたのだが、案に相違して、そういう類の映画ではなかった。

 本篇は言ってみれば群像劇であり、同時に珍しいほど本格的な会話劇である。上では3つのパートに分けて粗筋を記したが、上院議員とジャーナリストの部分は議員庁舎と、後半で少しだけテレビ局内が舞台となるだけ、大学での描写はほぼ教授の研究室のみで話が進む。唯一、戦場を直接描いた部分も、基地と雪山の上しか舞台に用いていない。戦争映画によくあるダイナミックな画面転換、映画ならではの広い視界を駆使した映像もなく、非常に地味な印象を受けるので、そういうものを期待していると失望する可能性も高い。

 だが、その点を予め承知しているか、或いは途中で察して気持ちを切り替えて観れば、緻密で論理的、かつ見事な会話劇に唸らされるはずだ。3つのエピソードはそれぞれ直接に絡むことなく、戦争と政治にまつわる議論を重ねていくだけ。ただ、それぞれがどう繋がっているのか、映画として観ている者は次第に理解していく。その運命の皮肉に打たれると共に、彼らの会話に真摯に耳を傾けるほどに、思索を巡らさずにいられなくなる。

 しかも本篇はいわば、問いかけることに特化した作品なのだ。結末だけでもそれは明白だが、観終わったあとで振り返ってみると、重要な問いかけについて、具体的な答を出している者が皆無であることに気づくだろう。それぞれの胸の中には何かが固まっているのかも知れないが、作中では決してそれを明確にしない。登場人物たちがどう解釈し、どんな結論を出したのか想像することも、翻って自分で悩むことをも要求してくる。

 そう考えていくと、作中で最も思慮深く、寛容な意志を備えながらも決して押しつけることなく、問いかけだけを投げかける役柄に、監督であるロバート・レッドフォード自らが座っているのが絶妙だ。既に佇まいだけで存在感を示す名優であるが、ことこの作品については、彼が監督でもあるがゆえに、観客に向かって問いかける、という姿勢がいっそう明確になっている。

 レッドフォードが演じる教授とその生徒はいわば理論を振りかざし、本来政情や戦況に直接影響を及ぼさない立場にあるが、逆に強い影響力を備える立場にいるふたり――政治家とジャーナリストに、トム・クルーズメリル・ストリープを配しているのも効いている。自信たっぷりに正義を振りかざしながら、その描写を辿っていけば、言葉のあらゆる部分に嘘と欺瞞が滲む男を、カリスマ的存在感を発揮するトム・クルーズが見事に演じきり、報道の影響力と同時に無力さをも充分に味わってきた人物であるがゆえの悲哀をじっくりと体現するメリル・ストリープとの対決は、それ自体が全篇見物となっている。

 戦場のふたりの友情、決意の固さも説得力があったが、しかし誰よりも注目すべきは、レッドフォード演じる教授と対峙する生徒を演じたアンドリュー・ガーフィールドであろう。才能がありながらも、自らが学び始めた政治科学というものの無意味さを悟り、投げやりになった若者ぶりは、ほとんどの一般市民を体現しているだけに身につまされる思いがする。そして彼がいるからこそ、物語がきっちりと締められているのだ。

 バラバラに綴られる3つの出来事を、違和感なくひとつの物語として受け止めさせる語りの巧さも出色だが、それが特に秀でているのはラストシーンである。冒頭と呼応するこの描写は、きちんと読み解きながら作品を鑑賞しているほどに強く訴えかけてくる。

 このラストシーンについてもうひとつ注目していただきたいのは、事実上無言のまま幕を下ろしている点である。同じ脚本家の『キングダム―見えざる敵―』と比較しても意味深長だが、これほど能弁であった物語が沈黙で締められているのも巧みである。

 戦争映画らしさを求めて鑑賞するとアテが外れるが、しかしいちど失望したあとに改めて吟味すれば、恐らく思索に耽らずにはいられなくなる。観客に対する問いかけ、という目的のために完璧に構築された、珠玉、という言葉の相応しい1本である。劇場で観る必要があるかは微妙ながら、観て損をすることはないだろう。

コメント

  1. […] 『大いなる陰謀』/『声をかくす人』 […]

タイトルとURLをコピーしました