『幻妖の匣 赤江瀑名作選』
判型:文庫判 レーベル:幻妖の匣/学研M文庫 版元:学習研究社 発行:2006年12月26日 isbn:4059004529 本体価格:1600円 |
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1970年のデビュー以来、カテゴライズ不能の幻想的でかつ生々しい迫力に富み、また詩情を湛えた文体によって存在感を示し、いまなお文壇に独自の地位を占める作家・赤江瀑の傑作群から、『幻想文学』『幽』の編集長として知られる東雅夫が精選した13篇を収めたオリジナル・アンソロジー。女性の心に宿る奇怪な“城”の幻影をめぐる長篇『上空の城』に始まり、京を舞台とした中・短篇群、泉鏡花賞受賞の対象となった短篇『八雲が殺した』や長篇随想『海峡』を収録する。
考えてみると、1冊通してきちんと赤江瀑作品に向かい合ったのはこれが初めてである。短篇は他のアンソロジーで触れていたし、世評を見る限り私にとってハズレということはまずあり得ないと確信できたからこそ、復刻された作品集などをたまにチェックしながら、安心して後日読むために仕舞いこんでしまっていた。が、いい加減それは拙いだろう、と考えて、勢いに任せて読んだ次第である。 予想通り、まったく失望というものと無縁の素晴らしい完成度である。不思議な縁で巡り逢った女性と恋に落ち、彼女が取り憑かれた“黒塗りの天守閣”という幻影にその愛情が翻弄されるさまを描いた『上空の城』でいきなり心を鷲掴みにすると、続いて京を始め、日本人の心に宿る原風景を題材とした、凄絶な美しさに彩られた作品群でこちらを翻弄する。かと思えば、まったく思いがけない代物の“幽霊”を題材とした物語を持ち出し、更には視点人物が謎に包まれた作品を持ち出して幅の広さを窺わせる。小泉八雲の作品に関する評論と、現実に不意に潜りこむ狂気とを巧みに織り交ぜた『八雲が殺した』や、それに続く3本の短篇に至ると、もはや幻想と現実の境さえ意識させない。どちらも掌のなかで自在に操る著者の華麗極まる手捌きにひたすら幻惑されるばかりだ。作品群からの抽出と配列を手懸けたであろう編者・東氏の手腕にもまた唸らされる。 しかし何よりも強く刺激されたのは、最後に置かれた長篇随筆『海峡』である。“海峡”というキーワードの周辺にある出来事や、それらに接することで生まれた折々の思考を連ねたものだが、まるで傑出した幻視者である著者の創作に至る思考の一部を垣間見せられたようで、その透徹した視点で描かれる事象の美しさもさることながら、発想の豊かさに打たれ思いがする。恐らく、多少なりとも創作という行為に手を染めている人であれば、多くの刺激を受けるに違いない作品である。長いこと入手困難になっていた、というのがにわかに信じがたい質の高さだ。 本書には直接関わりなく、雑誌『幻想文学』のために行われたというインタビューを併録しているが、収録作品を丁寧に踏まえたような内容であり、この配慮の細やかさにも感嘆させられる。赤江瀑という書き手の魅力を巧みに実感させてくれる、傑出したアンソロジーと言えよう。きちんと触れることがここまで遅くなった不明を恥じると共に、だが初めて接したのが本書であった幸運を喜びたくなる1冊でもあった。 |
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