『カリブ海の秘密』
アガサ・クリスティー/永井 淳[訳] Agathe Christie“The Caribbean Mystery”/translated by Jun Nagai 判型:文庫判変形 発行:2003年12月15日 isbn:4151300430 本体価格:640円 |
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昨年冬に煩った肺炎の療養の名目で、カリブ海に面したホテルに長期滞在していたミス・マープル。ある日、会う人ごとに自慢話や体験談を吹聴していた老大佐が急逝する。周囲の話から高血圧が原因の死と判断されたが、ミス・マープルは簡単に納得できない。何故なら、大佐は死亡する前日、彼の知る殺人犯の話をしていたとき、携えていた写真を提示する直前に何かに気づいて引っ込めているのだ。そして、問題の写真は大佐の持ち物から消えている――予兆に焦るミス・マープルの目前で、第二の殺人が発生した――
ミス・マープルの長篇としては九作目、初登場から勘定すると実に34年めの作品。だが変わることなく矍鑠としたミス・マープルが全篇に亘って、見渡す限り味方のない状況で奮闘するというちょっと毛色の異なる作品である。 異国を舞台にしているわりにはいつもながら情景描写が乏しくいまいち気候の違いや情感の差が伝わってこないのが残念だが、異国であるからこそ成立する“謎”と展開を巧く押さえている。決して派手ではない序盤の出来事を、周囲に親しい人物がおらず、また抱えた疑惑を相談できる相手もいない状況で苦戦するミス・マープルのさまを描くことでサスペンス風に演出し、第二の事件以降で協力者を得ると俄然謎解きの趣を深めていく。序盤のそれでも長閑な情景が、登場人物たちの背景が明らかになるにつれドロドロとしたものに変質していくさまはさすがの手並み。この当時クリスティは74歳だったそうだが、経験によりミス・マープルの人間観察と洞察力に更なる説得力が備わったようだ。 いわゆる際立ったトリックはないが、丁寧な描写の裏に真相を隠した熟練の技で魅せた、安定感のある作品。惜しむらくは、最後の殺人だけは誰にとっても無意味だったように感じられること。単純に、物語のあとに禍根を残したくないだけだったなら、必要なかったように思うのだが…… ところで、このところあちこちに浮気していたためクリスティ→乱歩→カー→クリスティというローテーションが完璧に崩壊してしまい、本書は実に八ヶ月ぶりとなるミス・マープルとの再会だったのですが、気づけば彼女の台詞を頭のなかで八千草薫の声にて再生する体質が出来てしまってました。もともと熊倉一雄の声のイメージが強かったポワロよりも受け入れやすい状況ではありましたが、それにしても慣れって怖い。甥のレイモンド・ウエストの言動に「こーいう親だから娘がああいう風に育っちゃうんだなー」などとメイベルの面影さえ見てしまってます。どうしたもんだ一体。原作世界に彼女はおらんちゅーの。 |
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