『共犯』

第27回東京国際映画祭会場である六本木ヒルズの隔壁にペイントされたキーヴィジュアル。

英題:“Partners in Crime” / 原作&脚本:ウー・ヌーヌー&シア・ペイアル / 監督:チャン・ロンジー / 製作総指揮:チェン・ホンユエン、ジャッキー・パン / 撮影監督:ジミー・ユィ / 美術:ウー・ルオユン / 編集:ニュッサ・リー / 音楽:ウェン・ツーチエ / 出演:ウー・チエンホー、トン・ユィカイ、チェン・カイユアン、ヤオ・アイニン、サニー・ホン、ウェン・チェンリン / 配給:Zazie Films×MAXAM

2013年台湾作品 / 上映時間:1時間28分 / 日本語字幕:島根磯美

第27回東京国際映画祭ワールド・フォーカス上映作品

2015年07月25日日本公開予定

TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2014/10/25)



[粗筋]

 シャー・ウェイチャオという少女が、自宅マンションから転落死した。落ちた際、現場であるシャーの自宅には彼女ひとり、近隣の住人は不審な物音を聞いておらず、警察は事故と自殺、双方の可能性を捜査する。

 遺体を発見したのは、同じ学校に通っていたホアン、イェー、リンの3人の少年だった。衝撃的な体験をした彼等に、学校側は専門教師によるカウンセリングを行うが、生徒たちの関心はもっぱらシャーの死因にあった。

 シャーは風変わりで孤独な少女であり、同級生はおろか家族でさえも交流関係や実像を知らない。亡くなる瞬間に居合わせたホアンは、彼女の死因を突き止め、もし自殺なら、原因となった相手に思い知らせてやりたい、と言い出す。

 イェーもリンもこの提案に乗った。数日前までは、同じ学校の同級生、ということぐらいしか縁のなかった3人は、少女の死を機に、行動をともにするようになる……

[感想]

 粗筋からなんとなく興味を惹かれて鑑賞した作品だったが、これは望外の収穫だった。

 出発点は特異だが、しかし本篇に一貫している芯は、思春期の少年少女たちの群像だ。

 ひとりの少女の“死”という出来事をきっかけに結びついた、それぞれに環境の異なる少年たち。少女の死の背景について探るうちに、それは彼らの関係に思わぬ影響を及ぼし、想定外の新たな“事件”をもたらす。うねりながら変化を繰り返す事態の周辺で少年少女たちが見せるのは、決してエキセントリックな言動などではなく、似たような状況に置かれた同年配のひとびとが起こす反応である。

 だから、その反応に共感が持てるのと同時に、複雑にもつれ、状況が悪化していく様が痛々しい。特に、中盤で発生する第2の“事件”以降の成り行きは、現実にこういう状況に放り込まれれば形作られうる人間関係のもとに成立していて、それが理解できてしまうほどに、観ていて切なくなる。

 絶妙なのは本篇の題名である。この“共犯”という言葉が象徴するものは非常に豊かだ。焦点となる、最初の少女の死を導いたものもそうだが、次の事態を招いたのも、中心となった人物の感情や意識にばかり問題があったのではなく、周辺のひとびと、その人間関係が契機となっている。更に、直接、間接に関わったひとびとばかりでなく、彼らに対して関心を示さなかった周囲のひとびともまた、結果的に彼らを追い込む“共犯”になった、と解釈できる。

 時として状況を歪めてしまう人間関係の難しさ、僅かな刺激で崩れてしまう若者たちの多感さを、本篇はひとつの事件を発端として繊細に織り込んでいる。クライマックスで少年たちが感情を露わにするくだりの切なさは、この奇妙な運命から逃れられなかった彼らの感情が迫ってくるからこそだ。

 冒頭、沈んでいく人物を描いたタイトルバックに始まり、本篇は全体に青みがかった色彩を用いている。やもするとそれが自己陶酔的に見えてしまう嫌味もあるが、そのいささか情緒の過ぎたような描写まで含めて、意外なほどに優秀な青春映画であった。

 監督は『光にふれる』という作品で既にいちど日本の観客に接しており、この作品もどこかが配給してくれるといいのだけど。

2015/04/06追記

 ――と言っていたら、2015年7月25日より、新宿武蔵野館などで順次一般公開されることが決定した。興味のある方は是非とも劇場でご覧頂きたい。

関連作品:

藍色夏恋 BLUE GATE CROSSING』/『柔道龍虎房

スタンド・バイ・ミー』/『ボーイズ・ドント・クライ』/『25時』/『幸福な食卓』/『初恋』/『処刑教室』/『クロニクル』/『キャリー

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