原作:伊坂幸太郎(創元推理文庫・刊) / 監督:中村義洋 / 脚本:中村義洋、鈴木謙一 / プロデューサー:宇田川寧、遠藤日登思 / エグゼクティヴプロデューサー:宮下昌幸 / 撮影:小松高志 / 照明:松岡泰彦 / 美術:林千奈 / 視覚効果:橋本満明 / 編集:大畑英亮 / スタイリスト:小林身知子 / 音楽:菊池幸夫 / 音楽プロデューサー:佐々木次彦 / 主題歌:ボブ・ディラン『Blowin’ in the wind』 / 出演:濱田岳、瑛太、関めぐみ、田村圭生、関暁夫、杉山英一郎、東真彌、藤島陸八、岡田将生、眞島秀和、野村恵理、平田薫、寺十吾、キムラ緑子、なぎら健壱、猫田直、土井原菜央、中村尚、佐藤楓、松田龍平、大塚寧々 / 配給:XANADEUX
2006年日本作品 / 上映時間:1時間50分
2006年6月23日日本公開
2008年1月25日映像ソフト発売 [DVD Video:amazon]
公式サイト : http://www.ahiru-kamo.jp/ ※公開当時のサイトは閉鎖済
DVD Videoにて初見(2014/07/22)
[粗筋]
椎名(濱田岳)は仙台の大学で学ぶため、親元を離れて引っ越した。荷解きをようやく済ませた矢先、椎名は一風変わった隣人(瑛太)から異様な計画を持ちかけられる。
「一緒に本屋を襲わないか」
川崎と名乗った隣人は、隣の隣に住む外国人のために、広辞苑を盗んでプレゼントしたい、というのだ。近ごろ引き籠もっている彼を励ますためだ、裏口を見張っているだけでいい、という隣人に根負けして、椎名はモデルガンを携え、同行する。
椎名は一部始終を確認は出来なかったが、約束の時間を過ぎて、乗ってきた車に戻ると、既に相棒も戻っていた。だが、置いてあったのは“広辞苑”ではなく“広辞林”――椎名が指摘しても、主犯格はさほど気に留める様子もない。
やがて椎名は知ることになる。この妙な“襲撃計画”の背後に隠された、切ない物語の存在を……。
[感想]
私事で恐縮だが、実はこの作品、公開されるだいぶ前から情報を得ていて、期待するところが大きかった。劇場で観られる日を愉しみにしていたのに、しかし当時、機会が得られず観逃してしまい、以来伊坂幸太郎作品にも、中村義洋監督作品にも妙な気後れを抱いてしまって、世評の高いどちらの関連作もなかなか観ることが出来なかった。ぶっちゃけ、この作品のDVDも、とある方にお借りしてからかなり長いこと観るきっかけが得られなかったのである。劇場公開から8年を経、配給会社は潰れ、映像ソフトをリリースしたメーカーは吸収合併され、本篇がロングランを達成した上映館恵比寿ガーデンシネマも休館してしまった――ようやく鑑賞しながら、申し訳ないような、感慨深いような、奇妙な気分だった。
作品のクオリティについては、公開当時の人気の高さ、中村監督のその後の活躍と伊坂原作との緊密なコラボレーションぶりからも察しがつくとおり、まったく文句がない。映像化不可能と言われた趣向をうまく映像に転化しており、しかもあの洒脱だが苦くも切ない独特のトーンが、原作と同じ仙台を舞台に、見事に再現されている。
如何せん、ちょっとでも詳しく語ろうとすると仕掛けに抵触してしまうので、未見の方に配慮して書くのは難しいのだが、原作における小説ならではの仕掛けは、もちろんそのまま映像化は出来ないのだが、同じ考え方のもと、まさに映画らしい趣向に昇華していることにはとにかく唸らされる。しかもこの仕掛けに、俳優たちの演技力が存分に活かされていることにも注目していただきたい。本篇は、その仕掛けが明かされたあとに、同じような状況を異なる形で再現する場面が幾つもあるが、そこで俳優たちが見せる表情の多彩さは、演技というものの面白ささえ滲んでくる。劇場公開時にロングランを果たしたのも頷ける、味わい甲斐が備わっているのだ。
俳優といえば、個人的にちょっとニヤリとしたポイントがある。本篇において、ボブ・ディランの名曲“Blowin’ in the Wind”は強い意味を持っている。冒頭から椎名がこれを歌っていることが、物語にとっても重要な役割を果たすのだが、この椎名を演じているのが濱田岳、というのも個人的には感慨深い。世間的には本篇が彼の出世作になると思うが、私にとっては『3年B組金八先生』に登場した問題児のひとり、として未だに記憶に残っている。このドラマの中で、彼の佇まいがまるで若い頃の吉田拓郎そっくりだったのだ。ずっとその印象を引きずっていたら、本篇の中で彼は「ボブ・ディランに声が似ている」と評されている。かの吉田拓郎も強く影響を受けたボブ・ディランに、である――果たしてそこまで中村監督が考えていたのかは知らない(そもそも吉田拓郎と似ている、という私の印象と同じものを感じていたかさえ解らない)が、個人的には実に愉快だった。
ちょっと話が逸れたが、こういう“イメージにしっくり来る俳優”を巧く配せたことも、本篇が高く評価された所以だろう。単に人気俳優を配置したわけではなく、全員が適材適所にある。ある意味で最も厄介な役柄を担当した瑛太もそうだし、ヒロインにあたる関めぐみも、物語の鍵を握るキャラクターに扮した松田龍平、そしてもうひとりの隣人も印象深い。のちに都市伝説テラーとして著名になるお笑い芸人・関暁夫の佇まいも、本篇での役柄にハマっている。
決して大きな予算を投じたわけではないはずで、小品めいたイメージがあるが、それも作品の主題とうまく噛み合っていて心地好い。そして、そうしたすべてが噛み合った手応えが、本篇を実際以上のスケールに感じさせ、強い印象を生み出している。幸運な巡り逢いと作り手の熱意、双方があったからこそ生まれた、必然であると同時に奇蹟の1本なのかも知れない。
関連作品:
『陽気なギャングが地球を回す』/『ラストシーン』/『裁判長!トイレ行ってきていいすか』/『白ゆき姫殺人事件』
『ロボジー』/『8月のクリスマス』/『アントキノイノチ』/『HERO [劇場版]』/『麦子さんと』/『アマルフィ 女神の報酬』/『ほんとにあった!呪いのビデオ55』
コメント
初めまして。本作が東京創元社ミステリ・フロンティアの第一作として刊行されたのは、大変意義深いものがありますね。
映画版は、理想的といえる映像化。千街著「原作と映像の交叉光線」に詳しく解析されています。
非常にステキな、実に切ない映画でした。濱田岳も良かったですが、個人的にはやはり瑛太の無国籍な感じがはまりました。
バックします→ガッツ石松 これは笑った。でも、実は伏線だったことが後で分かる。うまい!!