原題:“Le Nom de la Rose” / 原作:ウンベルト・エーコ / 監督:ジャン=ジャック・アノー / 脚本:ジェラール・ブラッシュ、ハワード・フランクリン、アンドリュー・バーキン、アラン・ゴダール / 製作:ベルント・アイヒンガー / 製作総指揮:ジェイク・エバーツ、トーマス・シューリー、ヘルマン・ウェーゲル / 撮影監督:トニーノ・デリ・コリ / プロダクション・デザイナー:ダンテ・フェレッティ / 編集:ジェーン・サイツ / 衣裳デザイン:ガブリエラ・ペスクッチ / 音楽:ジェームズ・ホーナー / 出演:ショーン・コネリー、F・マーレイ・エイブラハム、クリスチャン・スレイター、エリヤ・バスキン、フェオドール・シャリアピンJr.、ウィリアム・ヒッキー、ミシェル・ロンズデール、ロン・パールマン、キム・ロッシ=スチュアート、ドナル・オブライアン / 声の出演:ドワイト・ワイスト / 配給:ヘラルド・エース / 映像ソフト発売元:Warner Home Video
1986年フランス、イタリア、西ドイツ合作 / 上映時間:2時間12分 / 日本語字幕:大條成昭 / R-15+
1987年12月11日日本公開
2011年9月7日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品
第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series1 赤の50本》上映作品
TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/07/07)
[粗筋]
14世紀イタリア。山奥に佇むベネディクト会修道院を、ふたりの修道士が訪ねてきた。イギリス人であり、広範な知識を持ち尊敬を集めるバスカヴィルのウィリアム(ショーン・コネリー)と、その若き弟子アドソ(クリスチャン・スレーター)である。
部屋をあてがわれ、旅の疲れを癒していたウィリアムのもとに、修道院長のアッボーネが現れた。彼の弁によれば最近、修道院で奇妙な“事故”が起きており、そのことがもとで、修道士たちのあいだに不安が渦巻いているのだという。
それは、若い修道士の転落死であった。図書館で挿絵画家として働いていたはずで、普通に考えればその図書室のある塔から落ちた、と考えるべきだが、塔には開く窓がない。他に人がいない状況での死は“自殺”と考えるべきだが、修道士たちのあいだには、超自然的な何かが影響している、という想いが蔓延していた。
ウィリアムはかつて、異端審問官として辣腕を振るっていた人物だった。アッボーネはその才覚を見込んで、事件を解決して欲しい、と頼む。ウィリアムは快諾し、アドソを伴って、調査に赴いた。
この修道院は極めて優れた図書室を持っているが、多くは厳重に管理されており、おいそれと閲覧は出来ない。人間を拒絶する迷宮のような図書館に、何かの秘密があることをウィリアムは察する。
しかし、ウィリアムたちが調査を始めて間もなく、新たな悲劇が出来した。料理に供する家畜たちの血を貯めた瓶に、逆さまに突っこまれた屍体が発見されたのである……
[感想]
原作は、既に著名であった記号論学者であるウンベルト・エーコが執筆した小説である。歴史小説であり、宗教の問題を深く掘り下げた作品であると共に、好事家から注目される探偵小説でもあった原作は、翻訳される以前から日本でも話題となっていたようだ。その重厚さと翻訳者の強いこだわりから、映画の日本公開からかなり遅れて原作の邦訳版が刊行された、という経緯もあり、リアルタイムで鑑賞した人のほとんどは、物語についての詳しい知識を備えずに劇場に赴いたのではなかろうか。
幸いに、別の興味から原作の邦訳版を購入していた私は、今回“午前十時の映画祭”にて鑑賞する前に読み終えることが出来た。それ故に、あの大部をどのように2時間弱の尺に収めたのか、また深甚な主題をどのように整理したのか、という点に興味と不安とを覚えた。
既に定評を得、だからこそ名作を選りすぐった“午前十時の映画祭”にも採り上げられているのだから、無論不出来ではない。ただやはり、かなりの圧縮と省略が施されているのは間違いない。
原作は読んでいてクラクラするほどに、宗教史や宗教についての論考が果てしなく盛り込まれている。同じ聖書に根ざしながらまるで異なる解釈、価値観が入り乱れて混沌とし、それが最終的に終盤の謎解きにも影を落としていく様はまさに圧巻で、刊行時点で既に古典のような評価を受けていたのも頷ける。映画版に、あのような圧倒的なパワーは感じられない。
ただ、原作で描かれていた背景は少なくとも重みとして作品のなかに刻みこまれているのは感じる。そして、的を絞り会話を絞り込むことで、原作とは違った風格を備えることに、本篇は成功しているのだ。
忘れてならないのは、原作にあるイメージを的確に再現した美術である。外観は、既に使用されていない修道院を用いたそうだが、難易度の高い迷宮のような図書館をセットで再現するなど、手が込んでいる。その陰鬱とした雰囲気と荘重さ、それだけでも映像で鑑賞する価値はあるだろう。
また、宗教話を抑える代わりに、謎解き部分の肝を抽出して克明にしたことも評価したい。事件の本質にある特徴をひとつ説明していないのはやや気にかかるが、ミステリとしてのカタルシスは原作よりも明瞭だ。一部の事件のグロテスクな様相もあって、この物語には何処か横溝正史の小説に似たものを感じるが、その印象は映画版でいっそう強まっている。
原作にあった、現代の国家間、民族間の軋轢にも似たものを感じさせる重厚な宗教論の部分がほとんど削られているため、そこにこそ魅力を感じていた人には間違いなく不満の多い仕上がりだろう。だが、出来ることと出来ないことを予め切り分け、狙いを絞って時代ミステリ・ロマンとして仕上げた本篇は、許された枠の中で最上の映像化と言っていい。そして、原作についてまったく知識がなければ、この唯一無二のムードと事件の壮絶な決着に、素直に圧倒されるはずである。そして出来るなら、更に深く物語を味わうために、原作小説を手に取っていただくことを願いたい――正直、本を読む習慣のない人には極めて難易度の高い作品であるのも確かなのだけど。
関連作品:
『天使と悪魔』
『犬神家の一族』
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