原題:“A Single Man” / 原作:クリストファー・イシャーウッド / 監督:トム・フォード / 脚本:トム・フォード、デヴィッド・スケアス / 製作:トム・フォード、アンドリュー・ミアノ、ロバート・サレルノ、クリス・ワイツ / 撮影監督:エドゥアルド・グラウ / プロダクション・デザイナー:ダン・ビショップ / 編集:ジョアン・ソベル / 衣装:アリアンヌ・フィリップス / キャスティング:ジョセフ・ミドルトン,C.S.A. / 音楽:アベル・コジェニオウスキ、梅林茂 / 出演:コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、マシュー・グード、ニコラス・ホルト、ジニファー・グッドウィン、テディ・シアーズ、ポール・バトラー、アーロン・サンダース、ケリー・リン・プラット、リー・ペイス、リッジ・キャナイプ、エリザベス・ハーノイス、エリン・ダニエルス、ニコール・スタインウェデル / 配給:GAGA
2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間41分 / 日本語字幕:?
第82回アカデミー賞主演男優賞候補作品
2010年10月02日日本公開
2011年3月4日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
公式サイト : http://singleman.gaga.ne.jp/
DVD Videoにて初見(2011/04/04)
[粗筋]
1962年11月30日金曜日、大学教授のジョージ・ファルコナー(コリン・ファース)は死を決意した。8ヶ月前、パートナーであるジム(マシュー・グード)を交通事故で喪って以来続いていた苦痛の日々と、永遠に訣別することにしたのだ。
自らに向けて引き金を引く瞬間のため準備を整えながらも、周囲に悟られぬよう、日常通りの生活をはじめる。昔からの友人チャーリー(ジュリアン・ムーア)からの誘いを受け入れ、講義を行い……。
だがその一方で、この日はいつもとどこかが違っていた。講義が終わったあとで、聴講生のひとりケニー(ニコラス・ホルト)が駆け寄って話しかけてきた。いずれ一緒に酒を呑みたい、という彼に、ジョージは肯定的な言葉を返す。
我が家への帰途、立ち寄った店では、カルロス(ジョン・コルタジャレナ)という魅力的な青年と巡り逢った。スモッグで汚染された空を見ても、「恐ろしいものの中にも美しさはある」と言う彼に惹かれるものを感じながら、ジョージはふたたび家路に就いた。
家へ辿り着いたジョージは、遺書や葬儀に必要なものを予め揃えた上で、遂に拳銃を手に取る。だが、どのような態勢で己を殺すか、逡巡しているあいだに、チャーリーから催促の電話がかかってきた。やむなくジョージは盛装して、彼女のもとへと赴く――
[感想]
監督はファッション・デザイナーとして著名な人物だという。生憎そちらの世界にはまるっきり疎いので、どういうスタイルの持ち主であるのか、などは解らないのだが、少なくともそのヴィジュアル・センスの高さは本篇を観るだけで充分に感じとれる。
全般にセピアがかった統一感のある色彩に支えられた絵画的な映像を、スローモーションをふんだんに用いじっくりと見せる表現手法は、心が奪われるほどに美しい。目許や口許など、時折局所をアップにする見せ方は、映画として無粋になりがちなのだが、本篇の場合はその生命力や色気を巧みに汲み取っており、主人公ジョージが死を決意したその日の感覚に、観る者を同調させてしまう。映像を見せることと、観客を感情移入させることが一致している、というのはなかなかに難しいことなのだ。その一点だけでも、監督のただならぬ手腕が窺える。
そもそもこの作品は、物語と呼べる部分がほとんどない。にもかかわらず、運命のような流れを感じさせ、観る者をしっかりと牽引し続ける。要は映像の見せ方が巧い、という評価にこちらも繋がっていくのだが、挿入するエピソードもまた巧妙なのである。
たとえば、かつて交際したことのある異性の友人チャーリーとの出来事だ。既に死を決意しているジョージは、朝に電話を取ると、実際には行く気もないだろうに、恐らくは己の変化を悟られないためにチャーリーからの誘いを受け入れる。そして夕刻、さんざん死に方に迷っているあいだにふたたび呼び出しを受け、結局彼女のもとに赴くわけだ。死を決意しているからこそ当然のこの行動が、ジョージに自らの人生を振り返る契機を与えると共に、成り行きに思わぬ変化を及ぼしている。
さり気なくも緻密なこの構成が、作り手の高い知性を窺わせると共に、作品全体の情感を膨らませている。何も考えずに観ていても奇妙に惹きつけられるが、よくよく細かく考えながら鑑賞すると唸らされる。練り込まれた映画だからこその滋味深さが、本篇にはしっかりと備わっているのだ。
この香気と言ってもいい傑出した空気を完成させるのに、主演のコリン・ファースが素晴らしく貢献している。気品に溢れながらも、同性愛の道を選んだ人物だからこその危うい魅力を振りまき、そしてその奥には虚無を滲ませる。物語が後半に進むにつれジョージの心に現れる変化に納得がいくのも、コリン・ファースがその人物像を完璧に演じきっているからこそだ。彼は本篇でアカデミー賞主演男優賞部門にノミネートされ、惜しくも受賞は逃したが、翌年に『英国王のスピーチ』でリヴェンジを果たしている。その活躍ぶりも頷ける名演である。
結末こそ少々驚かされ、人によっては不条理を感じるかも知れないが、しかし本篇は結末よりもその過程にこそ意味がある。観終わった直後こそ虚無的な余韻を残すだろうが、改めて余韻を噛みしめるほどに、胸のうちに不思議な清々しさが生まれてくるはずだ。
これが初監督作品とは信じられないほどに、端整に紡ぎあげられた、奇跡的な傑作である。陶酔的とも思える作りがどうしても肌に合わない人もあるだろうが、少しでも共鳴する部分があれば、きっとしばらくはその陶酔に浸ることが出来る。
関連作品:
『英国王のスピーチ』
『ウォッチメン』
『ブラインドネス』
『タイタンの戦い』
『ズーランダー』
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