原題:“The Blind Side” / 原作:マイケル・ルイス『ブラインド・サイド アメフトがもたらした奇蹟』(武田ランダムハウスジャパン・刊) / 監督&脚本:ジョン・リー・ハンコック / 製作:ギル・ネッター、アンドリュー・A・コソーヴ、ブロデリック・ジョンソン / 製作総指揮:モリー・スミス、ティモシー・M・バーン、アーウィン・ストフ / 撮影監督:アラー・キヴィロ,ASC,CSC / プロダクション・デザイナー:マイケル・コレンブリス / 編集:マーク・リヴォルシー,A.C.E. / 衣装:ダニエル・オーランディ / 音楽監修:ジュリア・ミシェルズ / 音楽:カーター・バーウェル / 出演:サンドラ・ブロック、クイントン・アーロン、ティム・マッグロウ、キャシー・ベイツ、リリー・コリンズ、ジェイ・ヘッド、レイ・マッキノン、キム・ディケンズ、キャサリン・ダイアー、アンディ・スタール、トム・ノウィッキ / 配給:Warner Bros.
2010年アメリカ作品 / 上映時間:2時間8分 / 日本語字幕:山門珠美
2010年2月27日日本公開
2010年11月23日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray & DVDセット:amazon]
公式サイト : http://www.kakurebasho.jp/
[粗筋]
フットボールの花形で、NFLの各チームで最も高給取りなのはクオーターバックだ。しかし、それに次いで稼ぐのは、オフェンスに関わらないレフトタックルというポジションである。かつて重用されなかったこのポジションの地位を高めたのは、名選手ローレンス・テイラーが文字通り相手チームのQBを粉砕した伝説のプレーだ。この短いひと幕が、フットボールの歴史のみならず、ある家族の形をも変えてしまった。
未だ貧富の差が大きく、白人には保守的な思想が根強いメンフィスで、インテリア・デザイナーとして順風満帆の暮らしを送っていたリー・アン・テューイ(サンドラ・ブロック)は、子供たちの学芸会の帰り、雨のそぼ降る寒い道を、薄着でとぼとぼと歩く大柄な黒人の少年を見つけた。その少年――ビッグ・マイクことマイケル・オアー(クイントン・アーロン)は感謝祭を前にしたこの日、帰る家もなく、暖を得るため体育館へ向かう途中だという。突如訪れた直感に従い、リー・アンは彼を自分たちの家に泊まらせる。
子供たちと同じ学校の生徒とはいえ、黒人を家に泊める、ということにリー・アン自身が戦々恐々としていたが、マイケルは驚くほど謙虚であり、テューイ一家が起きる前に寝具を片付け、出て行こうとするほどだった。リー・アンは感謝祭の食卓に彼を加え、更にはくたびれたシャツの代わりに新しい服を買い与え――そして、その日以降もマイケルを家に置いた。
控え目ながらも、テューイ家に留まることを望んだマイケルに、リー・アンはとうとう部屋とベッドまで与える。このとき初めてマイケルは、ベッドで寝た経験もないほど過酷な環境で育ったことを打ち明ける。マイケルは父の顔も知らず、兄弟が何人いるかも知らず、引き離された母と逢うことさえ稀だった。
リー・アンとの出逢いはマイケルの人生を一変させたが、だがマイケルの過酷な来歴とその謙虚な性質は、テューイ一家の価値観をも一変させる。同年配の黒人少年が同居していることをしばしば揶揄されながらも、長女コリンズは「バカは相手にしないことにしてる」と言い、幼いS・J(ジェイ・ヘッド)に至っては“自慢の兄貴”としてマイケルを紹介していた。誰よりも妻を理解するショーン(ティム・マッグロウ)は言うまでもなく――当然のように、彼らはマイケルを家族として受け入れていた。
そして、優れた環境を手にしたマイケルは、ずっと停滞していた学力を次第に上げていき、遂にフットボールと巡り逢うことになる……
[感想]
サンドラ・ブロックは本篇で、念願のアカデミー賞主演女優賞を獲得している。だがその一方でこの作品自体は、他に作品賞にノミネートされているのみだ。本篇が審査の対象になった第82回はこれまでで最多の10本を作品賞の候補に挙げる、という試みが為された回でもあり、そのラインナップにも疑問が呈されている。このことが何よりも、本篇の性質を証明している、と言えるかも知れない。
断っておくと、駄作というわけでは全くない。アカデミー賞にノミネートされていなければ評価に値しない、などと言い切れるはずはなく、候補にならなくとも人々の心に残る作品は多々あるし、たとえ「作品賞の候補が多すぎる」と評された回であっても、候補に名を連ねたのだから、それだけの質を示したのは確かだ。
しかし、その質を支えているのは間違いなく、サンドラ・ブロックである。本篇は実際にあった出来事に基づいており、彼女が演じたリー・アン・テューイという人物も実在している。作中での彼女は非常にパワフル、やもすると独善的に陥りそうな物言いをするが、しかし憎めない愛嬌があり、その決断力と行動力で周囲の人々に強烈な影響を与える、といった具合に描かれているが、現実のリー・アンもこんな人柄なのだという。迂闊な描き方をすれば悪役になってしまいそうなほど突出した個性をバランスよく、そして嫌味なく表現し、作品の芯として役割を完璧に果たしたサンドラ・ブロックは、確かにオスカーものの名演だ。彼女がそうして見事にリー・アンというキャラクターを形にしたからこそ、一歩間違えればただの再現VTRになりかねなかった作品に、映画としての味わいと存在感を生み出している。
とは言い条、ひとつひとつのパーツのレベルは低くない。サンドラだけでなく、他の配役も完璧と言っていい。サンドラと共に物語のムードを左右する、不遇の黒人青年に扮したクイントン・アーロンは、序盤は乏しい表情に苦境や裡に秘めた優しさを滲ませ、重厚な存在感を発揮しているが、それがテューイ一家との触れ合いを経て、次第に表情豊かになっていく様を、ごく自然に演じている。リー・アンの夫ショーンにしても子供たちにしても、その表情の匙加減はけっこう微妙なのだが、心配りを感じさせる配役となっている。終盤、フットボールの名選手となったマイケルをスカウトに来る各大学のコーチは本物にお願いしたそうだが、フットボールについての知識のない素人にも、その自然さは感じられた。
本篇の弱点は、あまりに一切合切が滑らかに進んでしまう波乱の乏しさと、描写の取捨選択がムード先行にしたが故かちぐはぐになっている点だ。本篇はプロローグ部分で、クライマックスのひと幕をちらつかせるという手法を取っているが、そのわりにクライマックスの出来事に対する伏線の組み立てがなく、終盤の出来事に唐突さを感じさせてしまう。そのあとのリー・アンの行動も含め、もう少し心理的な伏線があればドラマとしての完成度が高まっていただろうに、そういう部分はほぼ考慮していないのが惜しい。その代わりに、キャシー・ベイツ演じる家庭教師が何故かマイケルを怪談で脅かすような、いまひとつリンクしづらいエピソードを挿入しているのが引っ掛かる。終盤の展開に対する印象面での伏線かも知れないが、正直あまり有効ではない。ところどころ、こういういまひとつ噛み合わない描写があるのは、如何に実話を元にしているとはいえ、あまり好ましいものではない。
だがそれでも、本来深刻な貧困問題、根強い人種差別の問題を、露骨には描かず、だが決して歪めることなく、柔らかに描き出して、ごく自然にハッピーエンドに導いている点、非常に稀有なドラマであるのは間違いない。観ていればこれが稀な例であるのは解るし、それでも色眼鏡で見る者は大勢いるということは察せられるが、理想的な関係を築くことが出来れば、たいていの障害は乗り越えられるような、そんな気にさせられる。
興味深い事実として、本篇と同年にアカデミー賞の候補となり、脚色賞と助演女優賞の2部門に輝いた『プレシャス』と、同じようにアメリカ貧困層の実情を扱いながら、実に対照的な成り行きを描いているにも拘わらず、鑑賞後の印象に大きな違いがない、ということだ。才能にも恵まれず、より絶望的な状況で幕を引いているのに観る者を力づけてしまう『プレシャス』のほうが衝撃は強いが、しかし一方にこういう“奇蹟”があることを保証する本篇もまた、この時代に描かれるべき物語だったのかも知れない。
関連作品:
『クラッシュ』
『シャッフル』
『プレシャス』
コメント
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