原題:“Lawrence of Arabia” / 原作:T・E・ロレンス / 監督:デヴィッド・リーン / 脚本:ロバート・ボルト / 製作:サム・スピーゲル / 撮影監督:フレデリック・A・ヤング / 第二班撮影:ニコラス・ローグ / プロダクション・デザイナー:ジョン・ボックス / 編集:アン・V・コーツ / 衣装:フィリス・ダルトン / キャスティング:マウド・スペクター / 音楽:モーリス・ジャール / 出演:ピーター・オトゥール、アレック・ギネス、オマー・シャリフ、アンソニー・クイン、ジャック・ホーキンス、アーサー・ケネディ、クロード・レインズ、ホセ・ファーラー、アンソニー・クエイル、ドナルド・ウォルフィット、マイケル・レイ / ホライズン・ピクチャーズ製作 / 配給:COL
1962年イギリス作品 / 上映時間:3時間47分 / 日本語字幕:?
1963年2月14日日本公開
2010年2月3日映像ソフト日本最新盤発売 [amazon]
午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2010/09/17)
[粗筋]
1916年。イギリス軍カイロ支局に赴任していたT・E・ロレンス中尉(ピーター・オトゥール)に、司令官からある命令が下された。トルコに対してゲリラ的な襲撃を繰り返すアラブ民族の意志を探るべく、現在砂漠の何処かにいるはずのフェイサル王子(アレック・ギネス)を見つけ出す、というものだった。与えられた期間は3ヶ月、灼熱の砂漠をガイドとふたりきりで旅をする、過酷な道程である。
途中、ガイドを思わぬ出来事で失いながらも、ロレンス中尉はどうにかフェイサル王子の部隊と合流した。だが、ろくな装備を持たないアラブ民族は、トルコの空爆を前に為す術もなく、翻弄されているのが現実だった。
アラブの苦境を知ったロレンス中尉は、アラブ民族の自由を取り戻すために何をするべきか考えた結果、とんでもない策を思いついた。トルコ軍が拠点を構える、海に面した要衝アカバは、現在フェイサル王子の部隊が駐留する地点からちょうど砂漠を挟んだ場所にある。トルコ軍の大砲は海にしか向いておらず、背後は盲点になっていた。ロレンスは砂漠を渡り、死角から急襲することを提案したのである。
この無謀な計画にフェイサル王子が許した人員は、アリ酋長(オマー・シャリフ)が指揮する僅か50名。砂漠を越えた向こう側にいるホウエイタット族の協力を取り付け、アカバを一気に制圧するのが狙いであったが、だがこの砂漠越えを契機に、自分の人生は劇的な変化を遂げようとは、ロレンスは想像もしていなかった……
[感想]
この作品を鑑賞しながら、私が思い出したのは、スティーヴン・ソダーバーグが手懸けた『チェ』2部作であった。時代は半世紀近く隔たっているが、いずれも一種の“英雄”として賞賛されている人物自らの手記をベースとしており、前篇にあたる部分では最初の大きな功績を再現し、後篇ではその成功に脚を取られたかのような蹉跌を描き出す。
ただ、『チェ』と異なるのは、本篇のT・E・ロレンスという人物が――実際はどうであったかに関わらず――待望を抱くというよりは、自分の関わった人々にとって最善の道を模索することに務めていた人物として描かれていることだ。プロローグ部分、マッチ棒の火を指で潰して消す、という描写が象徴するように、苦痛を意識から排除し、そうすることを楽しんでいるかのような特異な性格が、無謀だが効率的な作戦を選ばせ、それが結果的に彼を奇跡的な成功へと導いたが、本質的に功名心も大義も持っていない。真摯だが、享楽を旨とする人物と映る。
ある種の“天才”であったのだろうし、時機に恵まれたのも確かだ。しかし、そうして彼が当然のように突き進んだ成功には、望まず想像さえしなかった悲劇がつきまとう。砂漠の民がロレンスを認めるきっかけになった出来事が、前半クライマックスの直前で彼に思わぬ試練を突きつけ、襲撃の成功に暗い影を落とす。
後半になると、前半では無視できていたボタンの掛け違いが、急速に破綻を齎していく。それでも何とか周囲を丸めこんでいるのは、ロレンスが最初の頃に築きあげた信頼であり契約であるが、しかし決着は必ずしも彼の望んだ通りにはならない。彼が導き、アラブの民に与えようとした“自由”は、しかしそれぞれの民族の融和には繋がらず、結局新たな軋轢を招いてしまう。そうして疲弊した彼が、ある“結論”を下すきっかけと、指先でマッチの火を消すあの仕草とを較べてみると、ロレンスの胸中で起きた変化の大きさが窺われる。
今に至っても火種の尽きない中東問題だが、本篇にはその根の深さも描き出されているように感じる。西欧諸国にとってアラブ民族はすべてアラブ民族だが、その中にも主義や思想の違いが濃厚で、妥協点が探りにくいのだ。ロレンスは一時的な妥協と約束で以て辛うじて束ねることに成功するが、いざ主権をアラブの国民に委ねようとすると、民族同士の対立が著しく、会議は不調に終わる。協調性がない、というよりは、荒涼とした砂漠で生きる彼らのルールが、そもそもロレンスの求めたような形では調和しなかったのだろう。そしてこの軋轢は、人心を蝕む石油利権と、あまりに複雑に混在した宗教観とも絡みあい、現在にまで繋がっていく。
そうした感慨はさておくとしても、ここに至るまでにロレンスの味わう苦悩や挫折が、本篇は痛いほど克明に描き出されている。娯楽映画として観るにはあまりに空虚でカタルシスの乏しい終章は、だがそれ故にいつまでもいつまでも観る者の胸に残響を留めるのだ。
芝居に古典的な臭みはつきまとっているが、全篇を実際に砂漠に赴いて撮影した映像は圧倒されるほどのリアリズムに彩られ、幾分劣化した状態の上映でも、現代の技術で撮影、或いは再現された映像に決して引けをとらない。長く伸びる地平線から、蜃気楼めいてゆっくりと近づいてくる人影や、猛威を振るう砂嵐の様相など、印象的なヴィジュアルも多く、奥行きにも優れている。そうした砂漠の光景の上で繰り広げられる数多くのシーンが、記憶に刻まれて忘れがたい。『ベン・ハー』と同程度の尺を持ち、舞台もかなり近い場所に設定されているが、異なるベクトルの力強さを備えた、これもまた間違いなく歴史的な作品である――と、やっぱりこんなことを書いても今更に過ぎないのだが。
911を契機に、以前よりも中東を題材にした映画は多く作られるようになったが、そうした作品と比較しつつ鑑賞するのも一興であるように思う。特に、これもまた実話に基づく『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』と比較すると、こういう表現も些か憚られるが、面白い――実のところ、半世紀以上経っても、同じことを繰り返しているのだ、と解るから。
関連作品:
『ローマの休日』
『ベン・ハー』
『激突!』
『トロイ』
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