『降霊 KOUREI』

降霊 ~KOUREI~ [DVD]

原作:マーク・マクシェーン『雨の午後の降霊会』 / 監督:黒沢清 / 脚本:黒沢清大石哲也 / プロデューサー:田中猛彦、下田淳行 / 企画:植村泰之、神野智 / 撮影監督:柴主高秀 / 美術:丸尾知行 / 照明:金沢正夫 / 編集:大永昌弘 / 録音:井家眞紀夫 / 助監督:吉村達矢 / 音楽:ゲイリー芦屋 / 出演:役所広司風吹ジュン石田ひかり、きたろう、岸部一徳哀川翔大杉漣草なぎ剛 / 配給:SLOWLEARNER / 映像ソフト発売元:タキ・コーポレーション

1999年日本作品 / 上映時間:1時間37分

テレビ放映作品

2001年5月19日劇場公開

2000年6月23日DVD発売 [amazon]

DVDにて初見(2010/04/01)



[粗筋]

 音響技師として生計を立てている佐藤克彦(役所広司)の妻・純子(風吹ジュン)には、いわゆる霊能力がある。時たま不快な相談を持ちかけられ、出先でたまさか不気味なものを目撃してしまう能力と、純子は付き合い方に苦しんでいた。

 鬱屈した生活に倦み、いちどはレストランで働き始めたものの、客の隣に怪しい影を見ては憔悴し、結局辞めてしまう。佐藤はいっそ、自分の能力と向き合って、活かした仕事をするべきではないか、と助言する。

 そんななか、純子はかねてから彼女の力に関心を抱いていた心理学者・早坂(草なぎ剛)から大学に呼び出された。先日、幼い少女が誘拐される事件が発生、犯人は特定されたが、追跡中の事故で重体に陥り、少女の行方について聞き出すことが出来なくなったのだという。担当の柏原刑事(きたろう)は、北見教授(岸部一徳)と彼の教え子である早坂を介して純子の噂を聞きつけ、無駄足を踏む覚悟で頼ってきたのである。

 刑事の持ち込んだ、犯人の所持品から、純子は何も感じ取ることは出来なかった。だが間もなく、思いがけない場所で純子は攫われた少女の気配を察知する。それは何と、佐藤が機材の運搬に使っているトランクの中、であった。

 犯人の手から逃れた少女は、ちょうど付近の山中で野外で環境音を採取している佐藤の荷物を発見し、身を隠すためにトランクに潜りこんだが、何も知らない佐藤によって蓋を閉じられてしまい、脱出不能に陥っていたのだ。

 発見したものの、ふたりは対処に迷う。トランクに入っていたなどと、果たして信じてもらえるのか。そもそも、存在を嗅ぎつけたのが純子の霊能力であるなどと、誰が信じるのだろうか……?

 苦慮した挙句、純子はある作戦を思いつく。だが、その策略が、慎ましく暮らしていたふたりの生活を、急速に破壊していった……

[感想]

 ちょうど『リング』のヒットなどによる、いわゆる“Jホラー”ブームに沸きかえっていた時期に制作された本篇は、当初テレビ放送向けに撮影された作品だったという。だが海外で好評を博し、のちに短期間ながら劇場公開もされたという、異色の経緯を辿った。

 そういう経緯を知ると当然とも思えるが、観ていて何よりも気になるのは映像の粗さだ。この後デジタルでの撮影が次第に一般化し、優れた画質の作品に多く触れてしまった目からすると非常に辛い。なまじ評価が高いだけに、いちばん最初にリリースされた版が未だレンタルにおいて現役で出回っているのが本篇にとっては幸運であると同時に大きな不運でもあったと言えるかも知れない。今後再版される場合は、是非とも映像のリファインを施していただきたい。

 テレビ放送を念頭としていた作品らしく、舞台はシンプルで全体にあまり予算を費やしていないと解る作りだが、しかし間の取り方や語り口は重厚で、いわゆる2時間ドラマのイメージで観ると、その動きの乏しさに却って驚くだろう。

 説明さえもごく最小限で、序盤は登場人物の言動や表情の意味合いも掴みかねるが、表現の積み重ねから次第に理解できるよう巧く仕組んである。成熟した語り口を、黒沢清監督作品に多く出演する役所広司を筆頭とする俳優陣が見事に支えている。

 この作品の何よりも優秀なポイントは、一般のホラー映画では道化廻しに据えられがちな霊能力者の立場から物語を転がしていることだ。能力との折り合いのつけ方や、他人には決して完璧に理解されないジレンマを見事に咀嚼し、そこから物語を構築することに成功している。

 ただ、本篇はまるっきりのオリジナルではない。マーク・マクシェーンが執筆した小説『雨の午後の降霊会』、及びそれを映画化した『雨の午後の降霊祭』に基づいている。生憎私は本篇鑑賞前にそれらに触れることが出来ず、どの程度なぞらえているのかは解らないのだが、恐らくこうした霊能力者に関する真実味のある描き方は、これらの原作を踏まえたものだろう。

 だがその点を差し引いても本篇が優秀である、と言えるのは、そうした要素を巧みに日本という風土に組み込んでしまったことによる。それも、たとえば降霊やお祓いの儀式を日本的なものにすり替える、という安易な形ではなく、怪奇現象の表現を非常に日本らしい、湿り気が多く重みのあるものにしているのだ。

 本篇で描かれる恐怖は、闇から突然凄まじい勢いで何かが襲いかかってくる、驚きが導き出すものではなく、闇が醸しだす暗く不気味な予感をベースとしている。いつどこで聞いたのかはっきりとは解らないが、実際に霊が見える、という人に見え方を訊ねると、本篇の表現がいちばん近い、と評していた覚えがある。それもなるほど、と思える、実感的で生々しい描き方は、まさに日本の近代ホラー映画のお手本と言ってもいい完成度だ。

 終始淡々としつつも、しかしあとからあとからトラブルが相次ぐ様を、穏やかなサスペンスとも言えるタッチで描く語り口も印象的だ。最後の数分間まで予断を許さず、薄気味悪い空気の絶えずつきまとう、貫禄のあるホラー映画である。――それだけに、映像の状態の悪さがつくづく惜しまれてならない。

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