ヒューマントラストシネマ有楽町、チケットカウンター手前に掲示された『Mank/マンク』ポスター。
原題:“Mank” / 監督:デヴィッド・フィンチャー / 脚本:ジャック・フィンチャー / 製作:セアン・チャフィン、エリック・ロス、ダグラス・ウルバンスキー / 撮影監督:エリック・メッサーシュミット / プロダクション・デザイナー:ドナルド・クラハム・バート / 編集:カーク・バクスター / 衣装:トリッシュ・サマーヴィル / キャスティング:ラーライ・メイフィールド / 音楽:トレント・レズナー、アッティカス・ロス / 出演:ゲイリー・オールドマン、アマンダ・セイフライド、チャールズ・ダンス、リリー・コリンズ、アーリス・ハワード、トム・ペルフリー、サム・トラウトン、フェルディナンド・キングスレー、タペンス・ミドルトン、トム・バーク、ジョセフ・クロス、ジェイミー・マクシェーン、トビー・レオナルド・ムーア、アダム・シャピロ、モニカ・ゴスマン、ジェフ・ハームス、レイヴン・ランビン、ビル・ナイ / 配給:Netflix
2020年アメリカ作品 / 上映時間:2時間11分 / 日本語字幕:渡邊貴子
2020年12月13日NETFLIXにて全世界同時配信
2020年11月20日劇場先行公開
ヒューマントラストシネマ有楽町にて初見(2020/11/24)
[粗筋]
脚本家のハーマン・J・マンキーウィッツ、通称“マンク”(ゲイリー・オールドマン)は1940年、エージェントのジャック・ハウスマン(サム・トラウトン)の手配した砂漠の別荘に缶詰状態になった。当時24歳にして天才と呼ばれるオーソン・ウェルズ(トム・バーク)が製作会社RKOから全権を預けられて製作に挿入った新作の脚本を執筆するためである。
日常的に酒浸りのマンクはたびたび問題を起こし、依頼が激減した状態にある。契約によってノンクレジット扱いになるとはいえ、期待の大物からの依頼は充分な収入が望めた。マンクは数日前に事故に遭って未だ歩行が不自由な状態であり、その身の回りの世話や口述筆記のためにリタ・アレキサンダー(リリー・コリンズ)とフロイライン・フリーダ(モニカ・ゴスマン)も共に滞在した。
事実上の軟禁状態での執筆は、マンクの悪癖だけに理由があるわけではない。口述筆記を担当したリタにも、マンクがいったい誰をモデルに執筆しているのかすぐに推測がついた。そしてそれこそが、わざわざ郊外で缶詰になった理由だった。
マンクが執筆する新作『市民ケーン』は、“新聞王”と称され、一時は大統領候補のひとりとも目されていた大物ウィリアム・ランドルフ・ハースト(チャールズ・ダンス)の半生をモデルにしている。1940年の時点で、一時期ほどの勢いは失っていたが、それでもアメリカにおいて大統領にも匹敵する知名度を誇り、ハリウッドへの影響力を留めたハーストに挑戦するかのような内容は、あまりにも危険だった。
だがマンクにも、この作品にこだわる理由がある。きっかけは6年前、1934年に遡る。当時、脚本家チームの一員としてMGMに所属していたマンクは、撮影現場でハーストと、彼の愛人である女優マリオン・デイヴィス(アマンダ・セイフライド)と出会っていた。ハーストはマンクの機知に富んだ話術をいたく気に入り、食事の席に招いた。
ハーストはマリオンを大スターにしようと躍起になり、この当時、積極的に映画業界への投資を重ねていたが、依然としてヒットに繋がっていない。ハーストの自信とは裏腹に、己の分を理解しているマリオンは過大すぎる扱いに悩み、率直に評するマンクに心を開く。
そうしてマンクは、大物たちと適切な距離を保って接していたが、やがて始まったカリフォルニア州知事選が、その関係性に思わぬ影響を及ぼし始める――
[感想]
映画ファンでなくとも、『市民ケーン』という題名くらいは聞いたことがあるのではなかろうか。ラジオドラマの『宇宙戦争』で、本当に宇宙人が襲来した、と多くの聴取者に錯覚させるようなリアリティを演出するなど、若くしてその才能を発揮していたオーソン・ウェルズが、“新聞王”と呼ばれたウィリアム・R・ハーストを題材にして撮影、80年を経たいまもなおオールタイムベストに挙げられる1本となった傑作である。
しかしこの『市民ケーン』が公開された当時、モデルとなったハーストはまだ存命だった。自身に対する批判と受け止めたハーストはネガティヴ・キャンペーンを展開、そのために興収は振るわず、アカデミー賞でも9部門のノミネートを受けながら、脚本賞しか獲得することは出来なかった。この出来事はアカデミー賞の汚点として、映画史に刻まれてしまっている。
本篇は、ただひとつ、オスカーを認められた脚本の部分に携わったハーマン・J・マンキーウィッツ、通称“マンク”の視点から、どのような経緯を経て、かの傑作を書き上げたのか、を描いたドラマである。
細かな事実までは調べきれなかったため、本篇が実際の出来事を踏まえているのか、私には断言できない。しかし、往年のハリウッド映画にもある程度接してきたような映画ファンなら、関心を惹かれる点が無数にある。
マンキーウィッツが主人公ならば、監督のオーソン・ウェルズが登場するのは当然だが、『市民ケーン』のモデルとなったハーストにその愛人のマリオン・デイヴィスばかりか、大手スタジオMGMの創設メンバーであるL・B・メイヤーに、『風と共に去りぬ』などで映画史にその名を残す製作者デヴィッド・O・セルズニックなど、その名に聴き覚えのある人物が次々と現れる。やもすると人間関係が把握出来なくなるほどの出没ぶりだが、その混乱の中から、この時代のハリウッド映画がどのように生み出されていったか、が窺い知れる。
調べてみるとハーマン・J・マンキーウィッツはクレジットに明確に名前を残した作品は、初期にはあまりない。劇中、彼が脚本家仲間たちとアイディアを出し合い、適当に話をでっち上げてプロデューサーに提案するくだりがあるが、それは極端だとしても、内容のブラッシュアップや、出来映えに対する責任を分散させるため、或いはそれ以上の権利を生じさせないために、このようなシステムで運用していた、と思われる。本筋である『市民ケーン』については、マンキーウィッツが単独で初稿を起こしているが、契約ではクレジットに載らない、という事実も提示される。実際には、オーソン・ウェルズとともに明記されており、なぜ契約が変わったのか、という点も関心を惹く点のひとつだ。
物語はマンクが『市民ケーン』の脚本を執筆している1940年を軸とし、随所で過去の出来事が綴られる。過去は1934年を先頭に、段階的に現在に近づいていくかたちなので、一部時系列までシャッフルしていた『市民ケーン』ほど複雑ではないが、意識していることは間違いないだろう。順を追って明かされる過去では、マンクがハーストやマリオンと交流があったマンクが、なぜハーストをあからさまに批判するような作品に着手したのか? 劇中、付き添いの女性や関係者からも投げかけられるこの問いかけを大きな牽引力として進む物語は淀みがなく、ただ脚本を書いているだけとは思えない起伏を感じさせる。放っておくと酒に手を出す悪癖ゆえの滑稽な緊張感もあって、意外なほどテンポがいい。
映画製作の内幕のリアルな表現と、マンクの機知に富んだ台詞回しで魅せていく本編だが、しかしこの作品の凄みはクライマックスにこそある。なぜマンクは交流のあったハーストを“攻撃している”と取られかねない危うい構想を抱いたのか、はそれまでの経緯でじわじわと描かれるが、しかしこのクライマックスを通ることにより、本篇はその主題を『市民ケーン』から引き継ぎながら、そこにさながら『ラ・マンチャの男』を重ねるような二重性が明瞭になる。マンクとある人物の長広舌が生み出す衝撃と空虚は、マンク自身のみならず、“虚栄の都”に生きる者すべての業を曝け出すかのようだ。
監督のデヴィッド・フィンチャーはヴィジュアルの構築にこだわりを見せ、しばしば物理法則を無視したカメラワークさえ駆使するタイプの監督だが、しかし本篇ではそういう意味での外連味はあまりない。タイトルからキャストをスクロールで提示する冒頭や、全篇をモノトーンに統一したことなど、往年のハリウッド映画を想起させる表現を選択した代わりに、カメラワークは構図にこだわりを見せつつ比較的シンプルにまとめている。だが、企みを秘めたドラマの組み立ては間違いなくフィンチャー監督らしく、しかも『市民ケーン』やそれを生み出したマンクへの深い敬意が表れている。
単独で鑑賞しても、内幕ものとして充分に面白いと思う。しかしやはり本篇は当時のハリウッド映画、とりわけ『市民ケーン』に接したうえで鑑賞してこそその本領を発揮する。そこに立ち現れる映画への愛と、それ故の批判精神にただただ唸らされる傑作である。
関連作品:
『市民ケーン』
『パニック・ルーム』/『ゾディアック』/『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』/『ソーシャル・ネットワーク』/『ドラゴン・タトゥーの女』/『ゴーン・ガール』
『ロボコップ(2014)』/『レ・ミゼラブル(2012)』/『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』/『テッド・バンディ』/『マネーボール』/『エイリアンVS.プレデター』/『フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて』/『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』/『アルゴ』
『雨に唄えば』/『映画に愛をこめて アメリカの夜』/『アーティスト』
『風と共に去りぬ』/『レベッカ』/『チャップリンの独裁者』
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』/『ゲティ家の身代金』
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