きのう(正確には一昨日)は喪に服していた。

 もともと覚悟は決めてましたから、猫の死自体はそれほどショックを受けていません――とは言い条、やっぱり喪失感、寂しさは禁じ得ない。
 きのうは早朝から猫の弔いを済ませ、だいぶヘトヘトになったところで、母は仕事のため外出。私は少し遅れて、2ヶ月にいちどのペースで続けている診察へ。
 実はこれも透析絡みです。血液透析を実施するためには血流の早い血管が必要で、そのために本来ある血管の流れを変えるシャント形成という手術を受ける必要がある。透析開始のとき、診察を受けていた総合病院では入院の必要な措置でしたが、正直なところ、あそこでの入院はストレスが強すぎて、そちらの消耗が激しい。そこで、担当医が探してくれた、日帰りで手術を実施してくれるクリニックを利用したわけです。それ以来、経過観察のために定期的に通い続けているわけ。
 吻合部の血管がやや狭窄気味なのを除けば、基本的に問題はない、というのがこれまでの所見でしたが、どうも前回から様相が違っているらしい。
 血流は早い、が、許容できないレベルで早すぎるんだそうです。早すぎると、血管の隆起が激しくなり、損傷を起こす危険もある。とりあえず、少し間隔を短くして来月の同じ時期に通院、場合によっては、血流を遅くする施術を実施するそうな。
 ……必要なら、やってもらうに越したことはない。しかし、血管の手術は麻酔の効果が達しにくく、基本的に痛いのです。5月に病院に駆け込んだのも、シャントに閉塞が生じたため、拡張を実施してもらったものでした。あれが実に地獄の苦しみで……
 ……って、もしかして、あの手術が原因でないか? 血流が速すぎるのって。あれが却って血管にダメージをもたらすのだとしたら、あんだけ長時間痛い想いをした私の立場は??
 ……まあ、結論は来月に持ち越しです。どのみち、この身体と付き合っていかなければならないので、医師の判断には従うしかない。

 クリニックは池袋にあるため、帰りはだいたい西武に立ち寄り、買い物したり食事したりしている。陽気が良く、時間も適当なら屋上のかるかやてつけうどんを頼みます――が、予報では昼頃から雨。はじめから諦めて、翌日のお昼用に生のうどんとつゆを2人前購入、更に三省堂書店で文庫をうすさつ購入して、帰宅。実のところ、予報よりも天気は保っていたので、屋上に行こうか悩んだのですが、きょうは喰べらない前提になっていて、昼食用の常備薬を携帯してなかった。大人しく、買い物だけして池袋を離れました。

 自宅傍のコンビニで、カップ麺と紅鮭おにぎり、お茶のペットボトルを買って帰宅。
 お湯を沸かしながら、おにぎりをラベル部分から剥がし、ご飯の部分だけにして半分に割り、中の鮭を取り出して小皿に盛る。
 生前、サツキはこのおにぎりの中身の鮭を食べるのが大好きだったのです。陰膳のつもりで、いつもやって来たところに置いてやる。残ったご飯は、そのまんま握りなおすとあんまり美味しくないので、醤油をつけてグリルで焼き、私がいただきます。サツキの生前、私にとって紅鮭おにぎりは、鮭の風味がちょっとだけする、具のない焼きおにぎりでした。

 午前中動き回りすぎたせいで、iPhoneのアクティビティはすべて過剰にクリアしていたため、『Fit Boxing 2』はお休み、透析もこの日は小休止。
 母も、仕事のあとでまた買い物に出かけるのは億劫だ、ということで、手伝いに行っていた割烹で提供している天丼を買ってきて。それで夕食を済ませることに。
 そして献杯がてら、先日私が茶風林さんのオンラインイベントに参加した気分になるつもりで買ってきた王祿の残りを傾ける……調子に乗って飲みすぎました。気持ち悪くなる、とかはなかったのですが、昨晩からの気疲れもあって、もはや眠気が耐えられないレベルになってきた。いちおう昼寝もしたのに。疲れのせいで、吸い込まれるように眠ってしまって、クリニックからの問い合わせにも出られなかったのに。

 ショックは少なかった、とは言うものの、やっぱりダメージはあったのと、何だかんだで雑事も重なり、前夜からきのうまでは作業もほとんど手がつけられませんでした。まあ、1日くらいは、喪に服したことにして、きょうは仕切り直そう、と思った。
 とりあえず本日は普通に過ごし、透析も実施しました。しかし、寂しさはやっぱり拭えない。衰弱しながらも、ずっと存在を主張していた子だったので、不在が沁みるのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました