『キャッシュトラック』

ユナイテッド・シネマ豊洲、受付カウンターと通路を隔てる壁にあしらわれた『キャッシュトラック』キーヴィジュアル。
ユナイテッド・シネマ豊洲、受付カウンターと通路を隔てる壁にあしらわれた『キャッシュトラック』キーヴィジュアル。

原題:“Wrath of Man” / 原作:ニコラ・ブークリエフ監督『ブルー・レクイエム』 / 監督:ガイ・リッチー / 脚本:ガイ・リッチー、アイヴァン・アトキンソン、マーン・デイヴィス / 製作:アイヴァン・アトキンソン、ビル・ブロック、ガイ・リッチー / 製作総指揮:スティーヴン・チャスマン、アンドリュー・ゴロフ、ルイーズ・キリン、ジョシュア・スローン / 撮影監督:アラン・スチュワート / プロダクション・デザイナー:マーティン・ジョン / 編集:ジェームズ・ハーバート / 衣装:ステファニー・コリー / キャスティング:チェルシー・エリス・ブロック、ダニエル・フバード、マリソイ・ロンカリ / 音楽:クリストファー・ベンスティード / 出演:ジェイソン・ステイサム、ホルト・マッキャラニー、ジェフリー・ドノヴァン、ジョシュ・ハートネット、ラズ・アロンソ、ラウル・カスティーヨ、デオビア・オパレイ、エディ・マーサン、スコット・イーストウッド / トフ・ガイ製作 / 配給:KLOCKWORX
2021年ブラジル、フランス合作 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:平井かおり
2021年10月8日日本公開
公式サイト : https://cashtruck-movie.jp/
ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2021/10/9)


[粗筋]
 合法非合法を  問わず現金輸送を請け負うフォーティコ・セキュリティの輸送車が襲撃を受け、警備員ふたりが殺害され、一般人も巻き込まれる事件が起きた。
 2ヶ月後、ようやく補充として新たな警備員が雇われた。その男、パトリック・ヒル(ジェイソン・ステイサムは)ヨーロッパの警備会社に勤めていたというが、入社テストではギリギリの点数に留まっていた。経歴が確かであるため、ヒルは即座に現場へと送りこまれる。
《H》という通称で呼ばれるようになった彼を、同僚たちも当初は侮っていたが、その態度を一変する出来事が起きる。Hの指導係を務めたブレット(ホルト・マッキャラニー)が襲撃犯によって捕らえられ、運転を担当していたボーイ・スウェット・デイヴ(ジョシュ・ハートネット)は袋小路へと誘導される。デイヴが動揺するなか、Hは驚くべき手際のよさで襲撃犯をすべて射殺してしまった。
 しかし後日、ふたたびHが乗った輸送車が襲われると、奇妙な出来事が起きる。襲撃犯たちはHの顔を見ると驚愕し、慌てて去ってしまったのだ。
 Hとはいったい何者なのか? 周囲の者たちが疑惑を抱きはじめる背後で、より大規模な現金強奪計画が進行していた――


[感想]
 ジェイソン・ステイサムという俳優を見出したのは、間違いなくガイ・リッチー監督である。その後、アクション俳優として大成するきっかけを与えられたのはリュック・ベッソン製作の《トランスポーター》シリーズだが、ガイ・リッチーに発見されなければ、彼はまったく異なる道を歩んでいたのではなかろうか。
 それゆえにステイサムのガイ・リッチーに対する信頼は厚いようだが、しかし客観的に言って、リッチー自身はその後、決して順風満帆とは言いがたかった。ステイサムが出演しなかった長篇3作目『スウェプト・アウェイ』でその欠点を露呈してからというもの、どこかいまひとつ、という作品ばかりだった。ステイサムを再度起用した『リボルバー』も、マーク・ストロングの見せ場以外は惨憺たるもので、ステイサムがそれまでに育んだ魅力も活かし切れていない。《シャーロック・ホームズ》からあとは、興収的には順調になったものの、個人的には、映画監督として決して達者ではなかった、と感じる。
 だが、実写版『アラジン』で満足のいく成績を収めたあとから、ようやく監督として成熟の域に入ってきたようだ。久々にクライム・スリラー路線に回帰した『ジェントルメン(2019)』で、初期の切れ味と洗練された語り口を絶妙に融合することに成功すると、久々にステイサムと組んだ本篇で、遂に開眼したようだ。
『ジェントルメン』は初期の2作と同様、多視点での描写と編集の巧みさで魅せていたが、本篇は、若干構成に工夫があるが、作りとしてはストレートになった。ステイサム演じるHの姿を客観的に、極めて謎の多いものとして描いて惹きつけてから、物語を過去に戻し、その背景を描いていく。ガイ・リッチー監督らしい構図やテンポのいい編集が見られるが、それが過剰に主張しておらず、全篇で適切な表現をしている印象だ。
 また、キャラクターの造形も、初期の作品と比べて地に足が着いている。かつてはインパクトこそあるものの、やや突飛な肉付けをする傾向にあったが、本篇の登場人物には無理がない。きちんと個性は立っているが、きちんと物語のなかに綺麗に収まっており、いい意味で突出していない。その人物像が物語をきちんと転がしていくさまは、暴力的な展開に一種の爽快感さえ生んでいる。
 しかしその一方で、娯楽映画を貫きながらも、展開や表現が渋みを帯びていることも、ガイ・リッチーという監督の成熟を窺わせる。あくまで視点の中心にステイサム演じるHを据えながらも、その嗜好が窺えない序盤にはハードボイルドめいた渋みがあるが、中盤以降、段階的に明かされる彼の真意は、暴力的だが哀切が滲む。ガイ・リッチー×ステイサムの初期作品から20年を経て、監督・俳優それぞれ着実に経験を積み重ねてきた成果と言えよう。
 本篇は3部構成のような体裁を整えている。冒頭はHという男が謎をちりばめるところを描き、中盤はHの背景と、そこに関わる人々の暗躍を点綴していく。そしてそれらが複雑に絡みあいながら、激しいクライマックスへと結実する。あまりに丁寧に伏線が張られているので、フィクションずれしたひとなら、変化を繰り返す終盤の展開も読み解くことは難しくない。しかし、従来の外連味を抑えつつもテンポの良い演出は、輻輳する出来事を巧みに整列させ、終始スリリングに魅せる。中弛みを感じさせないところも、かつてのガイ・リッチー作品と比べて大幅に進歩した、と感じる点だ。
 壮絶な展開が連続したあとの逆転劇は、素晴らしいカタルシスをもたらすが、同時に言いようのない虚しさも残す。これもガイ・リッチー監督の初期作品にはなかった後味だ。16年振りのタッグは、しかしその長い時間がもたらした成長と変化を実感させるものになった。率直に言って、ガイ・リッチー監督は初期2作で期待させたほどの作品を世に出せていない、という印象だったが、ようやく新しい地平を見せてくれたように思う。引き続きジェイソン・ステイサムと組んだ次回作は、素直に期待してもいいかも知れない。


関連作品:
スナッチ(2000)』/『リボルバー
スウェプト・アウェイ』/『ロックンローラ』/『シャーロック・ホームズ』/『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』/『ジェントルメン(2019)
ワイルド・スピード/スーパーコンボ』/『ハドソン川の奇跡』/『テッド・バンディ』/『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』/『アバター』/『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』/『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命(いのち)の泉
恐怖の報酬【オリジナル完全版】(1977)』/『モールス』/『最高の人生の見つけ方(2019)』/『サスペリア(2018)』/『THE GUILTY/ギルティ(2021)

コメント

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