『NOPE/ノープ(字幕・TCX)』

TOHOシネマズ日本橋、スクリーン8入口脇に掲示された『NOPE/ノープ』チラシ。
TOHOシネマズ日本橋、スクリーン8入口脇に掲示された『NOPE/ノープ』チラシ。

原題:“Nope” / 監督&脚本:ジョーダン・ピール / 製作:ジョーダン・ピール、イアン・クーパー / 製作総指揮:ロバート・グラフ、ウィン・ローゼンフェルド / 撮影監督:ホイテ・ヴァン・ホイテマ / プロダクション・デザイナー:ルース・デ・ヨンク / 視覚効果スーパーヴァイザー:ギョーム・ロシェロン / 編集:ニコラス・モンスール / 衣装:アレックス・ボーヴェアード / キャスティング:カルメン・キューバ / 音楽:マイケル・エイブルズ / 出演:ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、スティーヴン・ユァン、ブランドン・ペレア、マイケル・ウィンコット、レン・シュミット、キース・デヴィッド、ドナ・ミルズ、バービー・フェレイラ、ソフィア・コト / 配給:東宝東和
2022年アメリカ作品 / 上映時間:2時間10分 / 日本語字幕:松浦美奈 / R15+
2022年8月26日日本公開
公式サイト : https://nope-movie.jp/
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2022/9/6)


[粗筋]
 カリフォルニア州の渓谷深くで牧場を営むOJ・ヘイウッド(ダニエル・カルーヤ)は窮地に陥っていた。牧場はOJの父(キース・デヴィッド)が経営し、映画撮影に用いる馬の調教を専門にしているが、半年前、父は謎の落下物に巻き込まれ急逝してしまった。父ほどの信頼もなく、妹エメラルド(キキ・パーマー)ほどの世渡りの巧さもないOJは新規の依頼をこなすことが出来ない。既に10頭もの馬を売却しているが収入の見通しは立たず、近接する西部劇の世界観を再現したテーマパークから持ちかけられた牧場そのものの買収話にも気持ちが傾いていた。
 牧場でも指折りの名馬をテーマパークの経営者であり、かつて人気ドラマに出演した子役であったジューブ(スティーヴン・ユァン)に譲ったその夜、OJは自宅から見上げた空に、奇妙な影が動くのを目撃した。OJは、あれがもし、いわゆる“UFO”であれば、金儲けが出来るかも知れない、と考える。妹とともに量販店で2台の監視カメラを購入すると、取付に訪れた店員エンジェル・トーレス(ブランドン・ペレア)の不審をよそに、いずれも空に向けて設置させた。
 その夜は、カメラの前に現れたカマキリのせいでなにも確認出来なかったが、あくる日にふたたび訪ねてきたエンジェルが意外なことを指摘した。エンジェルはネットワーク経由で監視カメラの映像を盗み見ており、それを発見したのだという。録画を確認したOJは屋外に出て肉眼でも確認し、驚愕する。
 しかしその頃、さほど遠くない場所で、“最悪の奇跡”が始まっていた――


[感想]
『ゲット・アウト』で初監督にしてアカデミー賞にノミネートされ、続く『アス』も好評を博したジョーダン・ピール監督の第3長篇である。
 黒人監督による黒人をメインキャストとする作品、しかもしばしば人種の問題を採り入れることで話題となることが多いが、しかしその本質は、監督自身が語るように、エンタテインメントにあるのは間違いない。本篇もまた、映画業界における黒人スタッフの位置づけや、しばしば惨劇を引き起こす構造が題材となり、そこにメッセージ性を読み取ることは容易だが、やはり私が注目したいのは、ジャンル映画のツボを押さえながらも絶妙なひねりを加え、展開そのものの驚きと娯楽性を高めている点である。
 粗筋に出てきた“UFO”という単語から察せられる通り、本篇の題材はいわゆる《未知との遭遇》だ。この題材は、スティーヴン・スピルバーグ監督のそのものずばり『未知との遭遇』のようなドラマから『宇宙戦争』のようなパニックもの、『宇宙人ポール』のようなコメディに、あえてタイトルは挙げないが、ホラーやサスペンスとしても活かしうる。本篇はなかでも、ホラー的、サスペンス的な見せ方を強く志向しているが、モチーフの拾い方、広げ方が実にうまくツボを押さえている。
 最初に怪異に気づくプロセス、それに対するリアクションが、非常に現代的でリアルだ。主人公のOJはいわゆるオカルトに関心を持っているような描写は一切なく、どちらかと言えば、牧場の経営に汲々としているだけで、他のことに意識を向ける余裕すらないような表現をしている。彼が未確認飛行物体に着目したのも、未知への好奇心、という次元の話ではなく、そこに金の匂いを嗅ぎ取った、というのが窺える。早々に監視カメラを購入し、映像を押さえようとする一方で、オカルトの知識があるエンジェルの話にあまり関心を示さないのも(OJの不器用さの表れとも言えるが)その俗物的な発想の表れ、と捉えられよう。
 そして、この“未確認飛行物体”の解釈と表現が非常にユニークだ。考え方としては納得がいくのだが、同様の発想で描かれた作品は、少なくともメジャーなところでは思いつかない。B級・C級映画ではありそうな解釈を、極めて大真面目に考証し、中盤のグロテスクなホラー表現から、終盤のアクション・サスペンス的な興趣を交えた面白さへと巧みに有効活用している。ただのキワモノ的な発想に留めず、物語としても映画としても強度を高めるために活かしきるところが、ジョーダン・ピールという監督の強みだろう。
 あえて欠点を挙げるなら、設定や構想は緻密である一方、それを強いて説明しないので、咀嚼や理解を怠るタイプの観客には伝わりづらいと思われることだろう。たとえば、テーマパークにいる奇妙な観客の意味は、それまでの描写から推測していないと咄嗟に解らないだろうし、とりわけクライマックスでOJたちが“未確認飛行物体”の姿を捉えるべく用意する仕掛けの意味は、飲み込めないまま進んでいって戸惑う可能性もある。ある意味では観客を信頼するこうした作りが、ややハードルを上げている、と私は思う。
 しかし、それで破綻することのない、作品としての強度はやはり賞賛に値する。マイノリティや、ショービジネスが時として抱え込む闇を象徴的に織り込み、それをより巨大な脅威と対比させることで、エンタテインメントでありながらもメッセージ性を感じさせる。そして、それを意識せずとも、十二分に驚きとスリル、更にシニカルなユーモアまでも組み込んだ作りは娯楽性に富んでいる。クセが強いのも事実だが、だからこその強烈な個性と魅力を備えた作品である。


関連作品:
ブラックパンサー』/『精神科医ヘンリー・カーターの憂鬱』/『ヒッチコック』/『ミナリ』/『21ブリッジ』/『野性の呼び声(2020)
オズの魔法使』/『未知との遭遇 ファイナル・カット版』/『バック・トゥ・ザ・フューチャー』/『AKIRA アキラ(1988)』/『サイン』/『宇宙戦争』/『宇宙人ポール

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