原作:山本周五郎『日日平安』 / 監督:森田芳光 / 脚本:菊島隆三、小国英雄、黒澤明 / 製作総指揮:角川春樹 / 撮影:浜田毅 / 美術:小川富美夫 / 録音:柴山申広 / 照明:渡辺三雄 / 装飾:小池直実 / 編集:田中慎二 / 殺陣:中瀬博文 / 音楽:大島ミチル / 出演:織田裕二、豊川悦司、松山ケンイチ、中村玉緒、鈴木杏、佐々木蔵之介、小林稔侍、西岡徳馬、風間杜夫、伊藤克信、村川絵梨、藤田まこと / 配給:東宝
2007年作品 / 上映時間:1時間59分
2007年12月01日日本公開
公式サイト : http://www.tsubaki-sanjyuro.jp/
TOHOシネマズ西新井にて初見(2007/12/08)
[粗筋]
とある寂れた社殿に、集うは九名の若侍。藩の次席家老・黒藤(小林稔侍)と国許用人・竹林(風間杜夫)が汚職を働いていることを察知し、この若き正義漢たちは粛正の嘆願書を編み、うちの一名・井坂伊織(松山ケンイチ)が代表となって、彼の伯父で城代を務める睦田(藤田まこと)に上申することとなったが、“顔の長い狸”と評される睦田は逆に伊織を諫め、この件は伏せておくように、と言って嘆願書を破いてしまった。さては睦田こそ首謀者か、と合点して憤った伊織は、切れ者と評判の大目付・菊井(西岡徳馬)に頼ったところ、困った顔をしつつも自分が何とかしようと請け負い、嘆願に署名した面々を集めておくように指示した。
さすがは菊井様、これで城下の憂いを払拭できる、と歓喜した若侍たちであったが、そんな彼らに、思わぬところから水を差す者がいた。社殿を木戸賃なしの旅籠代わりに利用していたというこの浪人(織田裕二)、若侍たちの話を盗み聞きして、それは胡散臭いと言い放つ。上申された嘆願をいちど伏せようとした城代は寧ろ善人であり、菊井こそ首謀者である可能性が高い、と。まさか、と動揺する若侍たちであったが、浪人の言葉は現実によって証を立てられた。気づけば社殿は、菊井の手の者によって包囲されていたのである。
もはやこれまで、と決死の覚悟で刀を手に取り飛び出そうとした伊織たちを、浪人は制した。代わりに飄然と、包囲する侍たちの前に現れると、殺気立つ一同を軽くあしらってしまう。軍勢の指揮を執っていた室戸半兵衛(豊川悦司)はその僅かな立ち居振る舞いに、浪人が容易ならぬ手練れであることを悟ると、“誤解”を詫び大人しく部下を引き上げさせるのだった。
運良く難を免れた若侍たちであったが、この有様では睦田の身にも危険が迫っているのは自明である。何とか助けねば、と気持ちばかりが逸る伊織たちに、浪人が見かねたように声をかけた。自分も一緒に行ってやろう、と。
案の定、睦田邸には既に菊井の手の者が殺到していた。見張りの者に酒肴を命じられて外出していた腰元のこいそ(村川絵梨)を物陰に匿い事情を訊ねると、睦田は既によそへと移され、邸内には睦田の家内(中村玉緒)と娘の千鳥(鈴木杏)が虜となっているということだった。浪人はこいそに酒を持って戻るように頼み、見張り番たちを酔わせたのちに潜入、ふたりまでを斬り捨てると、木村(佐々木蔵之介)という武士を捕らえると共に、睦田の家内と千鳥とを首尾良く奪還する。
だが、こうしているあいだにも伊織らの頼みの綱である睦田の命は危険に晒されている。ようやく“椿三十郎”と名乗った浪人を含む十名は、如何にしてこの危難を乗り越えるのか……?
[感想]
日本屈指の巨匠であり、世界的にもその存在の大きな名監督・黒澤明が残した傑作時代劇のひとつである同題作品を、『家族ゲーム』など個性的な作品を発表しつづける森田芳光監督、『踊る大捜査線』シリーズなどによって名前だけで客を呼べる稀有な大スターとなった織田裕二主演にてリメイクした作品である。
不勉強を告白するようで我ながら恐縮だが、実は黒澤明監督の作品群はほとんど観ていない――なまじ世評が定着しているため、きちんと気構えを作ってから、などと思っているうちにずるずると来てしまったためであり、観たい気持ちは充分にあるのだが。そういうわけで、三船敏郎主演によるオリジナルも、予習として鑑賞することさえせず劇場に足を運ぶこととなったのだが――結果として、観ておかなくて良かったように思う。圧倒的な仕上がりによって目をくらまされることなく、純粋に作品を楽しむことが出来たからだ。
本編はオリジナルの脚本をそのまま利用しており、一部の趣向を除いて基本的に同じであるという。そうしたのも宜なるかな、なるほど驚異的に完成度が高く、滅法面白い。思わせぶりな冒頭から唐突な三十郎の登場、そこから一気呵成に丁々発止のやり取り、知的な駆け引きが始まる。殺陣も見せ場として活かされているが、しかしそれ抜きでも充分に面白い。
キャラクターの完成度も秀逸だ。若侍たちの血気盛んながらも憎めない間抜けぶり、睦田家の女性ふたりののほほんとした、けれど知恵を感じさせる言動、常に固まっている悪役三人の右往左往ぶり、そんな彼らの手脚となりながらも複雑に策を巡らせる室戸半兵衛の奸智。とりわけ、上の粗筋ののちに虜となり、押入に閉じこめられるものの、事情を知って伊織たちに肩入れし、しばしば姿を現してはまた自ら押入に引き上げていく木村と、やはりタイトル・ロールたる椿三十郎の存在感が素晴らしい。
世界的にも名声の高い三船敏郎に誰が代わりうるか、というのは本編の企画が公表された当初から言われていたことだが、現時点の日本においては、織田裕二以上の適任はやはりいなかった、と個人的には思う。三船敏郎ほどの荒々しい存在感はやはりないとは言い条、この“椿三十郎”という男を演じるうえで必要な演技力とスターとしてのオーラとをきちんと兼ね備えている俳優はそう多くない。リメイクにあたって、凶暴なカリスマという側面の色濃かった三十郎に、若侍たちを惹きつけ率いる器量を備えたリーダーシップの持ち主、という印象を付与した結果、どうしても織田の大ヒット作『踊る大捜査線』で彼が演じる青島俊作の面影を感じさせてしまうのが引っ掛かったが、その分だけ三十郎のキャラクターに現代的な説得力が備わったことも事実である。
近年の時代物としては異例のテンポの良さ、鋭さのある演出を心懸けているのも好感触である。データを参照するとオリジナルよりも20分ほど尺が長い、という事実からも解る通り、やや間を取りすぎたきらいのあるパートが散見されるが、無駄のない脚本に触発されたように演出そのものも歯切れがいい。なまじ近年作られる現代物の新作などよりも牽引力に優れており、オリジナルとの差違を意識しなければ充分に良質の娯楽映画になっている。
時代物ということで敬遠している向きもあるかも知れないが、実際に観れば苦手意識など払拭されるに違いない。面白いものは面白いのだ、と実感させる優秀な作品である――やはりこれは、オリジナルを知らない方が無心に楽しめるように思う。
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