『あるスキャンダルの覚え書き』

原題:“Notes on a Scandal” / 原作:ゾーイ・ヘラー(ランダムハウス講談社・刊) / 監督:リチャード・エアー / 脚色:パトリック・マーバー / 製作:スコット・ルーディン&ロバート・フォックス / 製作総指揮:レッドモンド・モリス / 撮影監督:クリス・メンゲス / 美術・衣裳:ティム・ハットレイ / 編集:ジョン・ブルーム / 音楽:フィリップ・グラス / 出演:ジュディ・デンチケイト・ブランシェットビル・ナイ、アンドリュー・シンプソン / 配給:20世紀フォックス

2006年アメリカ作品 / 上映時間:1時間32分 / 日本語字幕:松浦美奈

2007年06月02日日本公開

公式サイト : http://www.scandal-oboegaki.jp/

新宿武蔵野館にて初見(2007/06/23)



[粗筋]

 孤独なベテラン教師バーバラ・コヴェット(ジュディ・デンチ)が勤務するセント・ジョージ総合中等学校に、新しい美術教師が赴任してきた。長年主婦として家庭に入っていたが、子供達が手のかからない年齢になってきたことを契機に教職に就いた彼女――シーバ・ハート(ケイト・ブランシェット)は、年齢に似合わず無垢で危うい雰囲気を備えた女性だった。一目見るなり琴線を刺激するものを感じたバーバラは、どうにか彼女に接近できないものかと画策する。

 きっかけは不意に訪れた。ある日の授業中、シーバに卑猥な口を利いた生徒に別の生徒が掴みかかり、収拾不能の状況に陥ったのである。他の教師たちがあまり関心を示さないなか、バーバラは単身赴いてその場を取りなす。シーバは感謝の念を示し、この日からふたりは急速に親しくなっていく。

 ただ、シーバという女性は必ずしもバーバラの理想通りの人間ではなかった。純粋だがあまりに粗忽すぎて常識はずれの言動が多い。家に招かれてみればあからさまなブルジョア家庭で、夫のリチャード(ビル・ナイ)はだいぶ年上でバーバラとさして変わりのない年輩、子供達は我が儘放題でマナーも理解していない。だが夕食のあと、そうした自分の社会性の乏しさを自覚し、どこかで孤独を感じていることをシーバから吐露されて、バーバラは感動する。やはり彼女は私の思った通りの人間だった――確信を深めたバーバラは、いっそうシーバとの交流を深めていく。

 事件は学校で夜に演芸会が催された日に起きた。シーバのために席を空けて待っていたバーバラは、なかなか現れないことに業を煮やし、彼女を捜して美術教室を訪れる。そこでバーバラが見たのは、半裸になり男子生徒の股間に顔を埋めるシーバの姿であった。物陰から様子を窺っていると、あたりに注意しながら教室を出て来たのは、かつてバーバラとシーバが親しくなるきっかけとなった生徒同士のいざこざで、シーバを庇った男子生徒、スティーヴン・コナリー(アンドリュー・シンプソン)であった。

 後日、彼女の家を訪れ問い詰めるバーバラを、シーバは近くのパブに連れて行き、事情を打ち明ける。スティーヴンとの“関係”は、バーバラと親しくなる以前から少しずつ醸成されていたものだった……

[感想]

 本作は、アメリカで大きな話題となった“事件”を題材としている。女性教師が当時13歳の教え子と性的関係を持ち、妊娠・出産まで至り、7年を超える懲役刑を科されたこの事件は日本でも大きく報じられ、記憶に留めている人も少なくないだろう。

 しかし本編は、事件そのものをノンフィクション的に再現しているのではなく、抽出した要素を軸にしてより文学的に、しかしサスペンスチックに潤色を施した、純然たるフィクションとして成立している。実際、事件について知識があったとしても、観ているあいだに意識することはないだろう。そのくらい、本編は本編の舞台で筋を通しており、整った物語を構築している。

 現実との大きな違いは、事件を同じ学校に通う第三者である、ベテラン女性教師が毎日つけている日記の文章をベースにして綴っていることだ。孤独で知的なこの人物の叙述という形で冷静に、時としてウイットを駆使して描かれるもうひとりの主人公――新任女性教師の姿は、実に生々しく活き活きとしている。他方で、一連の流れをこの女性の目から基本的に描写することにより、事態に一貫した視点を齎している。しかもこの日記は単純に技巧として活用されているのみならず、終盤では別の役割も果たすのだから周到である。

 物語の中心となるこのベテラン教師に、ジュディ・デンチという、演技力・貫禄共に備わった名優を配することで全体に緊密さを齎していることは間違いないが、しかしそんな彼女に注目される若い新任教師を演じるケイト・ブランシェットがまた素晴らしい。もともと彼女はケイト・ウィンスレットとともに当代きってのカメレオン女優と呼べる実力派であるが、今回も従来とはまったく異なる雰囲気を醸し出している。子育てを経験しながら何処か世慣れておらず、周囲に流されやすくも、周囲が自分のものにしてしまいたくなるような奇妙な魅力を湛えた、あまりにも特徴的なキャラクターを魅力的に、しかも説得力たっぷりに演じきっている。確かに彼女のような人間ならば、こういうトラブルに迂闊に巻き込まれてしまうに違いないと観る側に信じ込ませてしまう力強さは彼女だからこそ表現できたものだろう。

 重要な役割を果たす少年を演じる新人アンドリュー・シンプソンも、少年ならではの純粋さと残酷さを巧みに表現し、知識はあるがどこか鈍感で平凡な夫を地味ながらも着実に演じたビル・ナイ*1も好演している。ほか、僅かでも台詞のあるキャラクターはいずれも不自然さを感じさせず、丁寧な作りに好感を覚える。

 題材は非常に現代的ながら、しかし本編はその雰囲気が堅実で、語り口には古典とさえ感じられる重厚さが備わっている。音楽を多用したドラマチックな演出、心理描写を重視した安定したカメラワーク、題材はスキャンダラスでも、その描き口には文芸的な気品を感じさせ、しかし娯楽作品としての牽引力も確か。

 いわば“血の流れないサスペンス映画”として堪能することも可能で、なおかつ文芸作品としての豊潤さも備えている。しかも、これだけ実がしっかりと詰まっているのに、尺は93分と非常に手頃。時間は限られているけれど“映画”の醍醐味を堪能したい、という向きにこれほど相応しい1本である。

*1:パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』のデイヴィ・ジョーンズ役、と言えば……解らないか。顔ぜんぜん違うし。

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