原題:“Out of Africa” / 原作:アイザック・ディネーセン、ジュディス・サーマン、エロール・トルゼビンスキー / 監督&製作:シドニー・ポラック / 脚本:カート・リュデューク / 製作総指揮:キム・ジョーゲンセン / 撮影監督:デイヴィッド・ワトキン / プロダクション・デザイナー:スティーヴン・グライムス / 編集:フレドリック・スタインカンプ、ウィリアム・スタインカンプ、ペンブローク・J・ヘリング、シェルドン・カーン / 衣裳:ミレーナ・カノネロ / 音楽:ジョン・バリー / 出演:メリル・ストリープ、ロバート・レッドフォード、クラウス・マリア・ブランダウアー、マイケル・キッチン、マリク・ボウエンズ、ジョセフ・シアカ、マイケル・ガフ、スザンナ・ハミルトン、レイチェル・ケンプソン、イマン、グレアム・クラウテン、レスリー・フィリップス / 配給:ユニヴァーサル映画×UIP / 映像ソフト発売元:NBCUniversal Entertainment Japan
1985年アメリカ作品 / 上映時間:2時間41分 / 日本語字幕:戸田奈津子
1986年3月8日日本公開
午前十時の映画祭7(2016/04/02〜2017/03/24開催)上映作品
2012年4月13日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|Blu-ray Disc:amazon]
TOHOシネマズ日本橋にて初見(2017/3/3)
[粗筋]
1913年、デンマーク。
裕福な家庭に育ったものの、不運な経緯で未だに結婚を経験していないカレン(メリル・ストリープ)は、前々からの友人であり、男爵の肩書きこそあれ、放蕩が原因で金銭的に逼迫しているブロア・ブリクセン(クラウス・マリア・ブランダウアー)に持ちかけ、便宜上の婚姻関係を結ぶ。
そしてカレンは、所有していたアフリカの土地に移住し、農園を営むことにした。大荷物を携えて乗り込んだカレンだったが、先に現地入りしていたブロアがカレンの目論見を無視し、予定していた乳牛ではなくコーヒーの苗木を仕入れてしまったことを知って愕然とする。しかも、そうして勝手に話を進めたにも拘わらず、コーヒー農場を経営することにもさほど関心を示すことなく、ブロアは狩りに出かけてしまう。乾いたこの土地で、雨が降る前には戻る、と言い残して。
渋々ながらもカレンはコーヒー農園の経営を始めた。近隣の部族を雇い入れて農園の仕事に就かせ、他方で現地に領地を持つ富裕層たちと交流し、どうにか地歩を築いていく。
なかなか家に居つかないブロアに対して、次第に愛情を抱きはじめた頃、イギリスとドイツとのあいだで戦争が勃発する。アフリカにおいても、ドイツの領地と近接する場所で戦闘が始まっており、ブロアも参加することになった。
夫の帰りを待ちわびるカレンの元に、前線から伝言が届く。既に食糧が底を尽きかけており、運んで欲しい、というのだ。原住民ではなく白人の手で、という軍からの指示に、カレンは人に委ねず、自らアフリカの大地を渡ることを決意した――
[感想]
どぎついまでにロマンス臭の濃密な邦題だが、内実は決して甘くない。むしろアフリカで生活する、ということの現実に苦悩する女性を描くことに主眼が置かれている。
ロマンスの側面がない、というわけではない。粗筋で記したように、はじめは打算から友人と婚姻関係を結ぶが、いつしかその感情が本物の愛情に変わっていく。しかし、遊蕩癖のある夫の素行に悩まされ、遂には性病をうつされる、という不運にまで見舞われた末に別居してしまうのだ。この頃から、序盤で既に登場していたデニス(ロバート・レッドフォード)との関係を深めていくことになり、カレンは常にアフリカでの暮らしの現実と共に、愛するものと関係を築くことの困難に終始悩まされる。
そうした恋愛遍歴に、当時ならではの男社会が持つ女に対する厳しさや、文化も風習も異なる原住民たちとの交流の難しさ、そして出だしから想定外の変更を余儀なくされ、天候や相場価格の変動に左右される事業の厄介さなどが複雑に絡んでいく。一見、焦点がぼやけているようにも思われるが、カレンという視点は確立されており、その物語は波瀾万丈で見応えがある。
この逞しくも繊細なヒロインを演じるのは、アカデミー賞史上最多ノミネートの記録をいまなお更新し続ける名女優メリル・ストリープである。本篇においてもその演技力を遺憾なく発揮しているが、実のところ“カレン”という役柄のイメージにその風貌がよく馴染んでいるのも有効に働いているように思う。男勝りの逞しさ、理性的な思考、しかし根っこにある繊細さや脆さも窺わせてしっくり来る。この作品の映画化にあたっては多くの女優が候補に挙がったようだが、当時最も理想的なキャストを引き当てたのではなかろうか。
アフリカロケを全篇に亘って実施し、原住民の役柄には現地のひとびとを起用した、というだけあって、作品の空気感には著しい生々しさがある。それが現地のひとびととの交流や、原野に踏み込んでの冒険にも説得力をもたらしているのである。
そうして、西洋の文化が完全には支配しきれない世界だからこそ、カレンがそこで体験する、枠に嵌まらないドラマの数々にも説得力があり、豊かな情感がある。友人関係から打算により結婚した男との生活、その挫折を経て接近していくデニスとの、ある意味では致命的とも言える価値観の差違。いささか唐突にも思える終盤の悲劇は、しかしこの枠に嵌まらないドラマの終幕には相応しいとも思える。とりわけ、エピローグとして綴られる出来事が醸しだす余韻など、こうした型破りで、しかし着実な積み重ねを続けた物語だからこそ演出しうるものだろう。
邦題から感じられるほど露骨なメロドラマではない。だが、そうした甘みや切なさも内包した、ひとりの女性のある時代を切り取った、ロマンに満ちた物語である。
ついでに、本篇の邦題について、もう少し掘り下げておきたい。
私自身、本篇を鑑賞することに抵抗を覚える理由だったこの邦題は、実際に作品を観たひとからも評判は悪い。未だにamazonのユーザーレビューには「作品はいいが邦題は最悪」というくらい強い調子の批判が紛れ込んでいるほどだ。
ただ、それではいったいどんな邦題なら相応しかったのか? ということを冷静に考えてみると、実はこのタイトルにせざるを得なかったことも理解できるはずなのである。
原題をそのまま訳すと、“アフリカからの旅立ち”くらいになるだろうか。しかしこれだとあまりに直接的、しかも簡潔に過ぎて味わいがなく、与える印象も乏しい。近年多かった原題をほぼそのままカタカナにするスタイルでは“アウト・オブ・アフリカ”になるが、なんだか安手の冒険ものかサスペンスを想像させて、やはり内容とはそぐわない。
そうすると、本篇の中から象徴的な事柄を採り上げてタイトルを組み立てるしかないが、この場合も結構難しいのだ。農園経営に関するキーワードを拾うと、幾度か描かれるアフリカを旅するロマンに満ちたくだりが無視されてしまうし、逆もまた同様だ。随所で重要なモチーフとして浮かび上がってくる“ライオン”を盛り込むのもいいかも知れないが、しかしそれではやはり冒険ものの側面にクローズアップされてしまい、ひとりの女性が辿る愛の遍歴、という部分が失われる。
つまりは、どんなタイトルをつけてもいまひとつピンと来ない、厄介な作品なのだ。それなら、敢えてロマンスの部分を強く印象づけて関心を惹き、「内容にそぐわない」という意味でもインパクトをもたらすこの邦題は、セールスの面から考えると理想的なタイトルとさえ言えるのではなかろうか。
関連作品:
『追憶』/『ザ・インタープリター』
『クレイマー、クレイマー』/『8月の家族たち』/『スティング』/『オール・イズ・ロスト 〜最後の手紙〜』/『ネバーセイ・ネバーアゲイン』/『アリス・イン・ワンダーランド』
『アフリカの女王』/『ホワイトハンター ブラックハート』/『WHO AM I ? フー・アム・アイ?』/『ラストキング・オブ・スコットランド』/『未来を生きる君たちへ』/『風に立つライオン』
コメント