原題:“The Lincoln Lawyer” / 原作:マイクル・コナリー(講談社文庫・刊) / 監督:ブラッド・ファーマン / 脚本:ジョン・ロマーノ / 製作:トム・ローゼンバーグ、ゲイリー・ルチェッシ、シドニー・キンメル、リチャード・ライト、スコット・スタインドーフ / 製作総指揮:エリック・リード、デヴィッド・カーン、ブルース・トール / 撮影監督:ルーカス・エトリン / プロダクション・デザイナー:シャリーズ・カーデナス / 編集:ジェフ・マカヴォイ / 衣装:エリン・ベナッチ / 音楽:クリフ・マルティネス / 出演:マシュー・マコノヒー、マリサ・トメイ、ライアン・フィリップ、ジョシュ・ルーカス、ジョン・レグイザモ、マイケル・ペーニャ、フランシス・フィッシャー、ボブ・ガントン、ブライアン・クランストン、ウィリアム・H・メイシー、トレイス・アドキンス、ローレンス・メイソン、ミカエラ・コンリン、マルガリータ・レヴィエヴァ、ペル・ジェームズ、シェー・ウィガム、キャサリン・メーニッヒ、マイケル・パレ、マッケンジー・アラジェム / レイクショア・エンタテインメント/ライオンズ・ゲート製作 / 配給:日活
2011年アメリカ作品 / 上映時間:1時間59分 / 日本語字幕:杉田朋子
2012年7月14日日本公開
公式サイト : http://tll-eiga.com/
[粗筋]
ミック・ハラー(マシュー・マコノヒー)はロサンゼルスを拠点にする弁護士である。彼の事務所は、リンカーン・コンチネンタル――アメリカの高級車だ。悪人であろうと有罪であろうと金さえ払えば誰でも弁護し、量刑を軽くする。軽いフットワークを武器に、激しい競争社会であるアメリカの法曹界を生き抜いていた。
懇意にしている保釈金立替業者のヴァル・ヴァレンズエラ(ジョン・レグイザモ)がそんな彼に、大きなヤマを持ち込んできた。不動産業者であるメアリー・ウインザー(フランシス・フィッシャー)のひとり息子であるルイス・ルーレ(ライアン・フィリップ)が、女性への暴行容疑で告発されており、その弁護を請われたのである。ルイスが極めて裕福であること、初犯であることを確認したミックは、確かに大金の匂いがすると悟り、この弁護を引き受けた。
被害者はレジーナ・カンポという女性で、ルイスの弁によれば、ナンパ目的で訪れる客の多い“アソシエーション”というクラブで出逢ったという。ルイスは彼女からナプキンに記されたメッセージで誘われて彼女の家に赴いたが、後ろから殴られ、気づいたときには男に取り押さえられていたそうで、暴行に値する行動は一切なく、自分は罠に落ちた、と主張した。一方レジーナは、ルイスのことは知っているが誘ったわけではなく、いきなり自宅に押しかけてきて暴行を受けたと証言、両者の供述は真っ向から対立している。
元刑事で、現在は調査員としてミックに協力しているフランク・レヴィン(ウィリアム・H・メイシー)の力でクラブの防犯ビデオ映像を入手、確かにレジーナがルイスを誘っているらしい光景を認めたミックは、敵の検事テッド・ミントン(ジョシュ・ルーカス)がまだ新米であることに注目、証拠に加えさせるよう画策した。ミックはそれでミントンが退くことを期待していたが、案に相違してミントンは強気を崩さず、法廷での対決を望んだ。
やがて、ミントンの自信の根拠が明らかになった。証拠品として、ルイスが脅迫に用いたとされ、レジーナの血痕が残ったルイス自身の所持品であるナイフが加わっていたのである。当初リストに含まれていたのとはデザインが異なっており、ルイスが「自分のものではない」と応えたために、見落としていたのだ――依頼人に不信感を抱くミックだったが、受けた以上断ることは出来ない。改めて捜査資料と向き合ったミックは、だが思わぬ角度から、ひとつの事実を発見し――自分が罠に落ちたことを悟った。
[感想]
原作者のマイクル・コナリーは、日本でも好事家から高く評価されているミステリ作家である。本国アメリカでもベストセラー上位の常連であるというが、にもかかわらず映画化された作品は極めて少ない。かのクリント・イーストウッド監督&主演による『ブラッド・ワーク』が興収的に惨敗してしまったこと、著者が長年に亘って書き続けているハリー・ボッシュの作品群の映像化権が某大手製作会社に買い取られたまま具体的な計画に結びつかなかったことなどが積み重なった結果だったというが、恐らく本篇はそういう状況の突破口になるのではなかろうか。
原作は日本では上下巻で構成された長尺のもので、しかもコナリー特有の特徴的な人物像と人間関係、緻密な伏線に巧みな逆転劇まで含められた厚みのある内容なので、まず劇場映画に最適な尺に収めるのが難しい。前述した『ブラッド・ワーク』もかなり省略を施し、クライマックスは大幅に変更されていた。
だが本篇は、さすがに完璧にその通りではないが、ほぼ原作に準拠したストーリー展開になっている。主人公ミック・ハラーのいささかダーティな振る舞いを描き、金目当てでやや不審なところのある被告人の弁護を引き受ける。そして、弁護という観点から事件の背景を探っているうちに、思いがけない罠に落ちていたことが明らかになる。
この作品の優れたところは、ミックが陥る罠が、弁護士ならでは、という点だ。なまじ、己の資格を巧みに利用して現在の地位を築いているだけに、その罠を感情的に突破したとき、どんな事態が己を襲うのか、充分すぎるほど理解しているから、安易に身動き出来ない。しかも首謀者の立ち居振る舞いは暗に、ミックが軽挙に及んだ場合、周囲に累が及ぶことを仄めかしている。真相を知りながらも明かすことが出来ず、望まぬ行動に及ばねばならないこの緊張感は強烈だ。そして、そのうえで繰り出す、中盤以降のミックの“反撃”もまた弁護士ならではで、実に痛快なのである。
特筆すべきは、かなり法律というものに深く根を下ろしたアイディアであるにもかかわらず、さほど知識がなくとも、ミックの陥った罠の厄介さと、彼の放った打開策の鮮やかさが理解出来るように描いていることだ。小説では会話のみならず地の文を用いて丁寧に説明出来るが、映画では尺の制約があるために、過剰に台詞で語らせるわけにはいかない。まして、そんな説明がダラダラと繰り広げられると、退屈な印象を与えかねない。それをよく承知して整理整頓し、要点はきちんと提示しつつ、細かなポイントを省いて、物語としてのスピード感を重視して描いている。そのお陰で、サスペンスとしてはやや長めな2時間近い尺がほとんど気にならず、最後まで惹きつけられるのだ。優れたページターナーであるマイクル・コナリー独特の味わいも、きっちりと再現していると言える。
サスペンス主体、しかもカーチェイスや肉弾戦のような場面もないので、ヴィジュアル的に突出したところはないが、観光地などには踏み込まず、現地に根を下ろした人間の生活臭が感じられる画面作りがいい雰囲気を醸している。大スターと呼ばれる俳優はいないが、高い評価を獲得している名優達で固め、不安、緊張、焦躁に充分な説得力を与えている――むしろ、ミック・ハラーを含め、突出して知名度の高い俳優を配していないから、“この人は絶対に助かるだろう”といった具合の読みをさせず、ある程度この手のフィクションに慣れている人間でも、そう簡単に先読みの出来ない語り口を実現していると言えるだろう。そういう意味でも、本篇はミステリ・サスペンスとして傑出した原作の理想的な映像化である。
昨今も優れたサスペンスは生み出されているが、知的で緻密でありながらエンタテインメント性を備えた作品はそうそう簡単に出て来るものではない。近年のサスペンス映画に物足りなさを覚えているような人にこそ、是非とも劇場に足を運んでご覧頂きたい作品である――そして、本篇のアメリカ本国でのヒットを契機に、ようやく動き始めたマイクル・コナリー諸作の映像化が無事に実現し、それらがスムーズに日本に届けられる環境を整えることにご協力願いたい。
関連作品:
『ブラッド・ワーク』
『クラッシュ』
『J・エドガー』
『GAMER』
『告発のとき』
『評決』
『理由』
『フィクサー』
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