原題:“少年黄飛鴻之鐡馬馬留 Iron Monkey” / 監督:ユエン・ウーピン / 製作&脚本:ツイ・ハーク / 脚本:タン・ビクイン、ラウ・タイモック / 製作総指揮:レイモンド・チョウ、ウォン・インハン / 撮影監督:アーサー・ウォン / 美術:リンゴ・チュン / 編集:アンジー・ラム、チー・ワイチャン / 音楽:ウィリアム・フー、ヤン・ゲイチン / 出演:ドニー・イェン、ユー・ロングァン、ジーン・ウォン、ツァン・カーマン、ジェームズ・ウォン、ヤム・サイクン / 配給&映像ソフト発売元:TWIN
1993年香港、台湾合作 / 上映時間:1時間29分 / 日本語字幕:水谷美津夫
1996年2月10日日本公開
2012年3月9日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
DVD Videoにて初見(2012/05/22)
[粗筋]
清朝末期の中国・浙江は天災続きで、民衆はかつかつの暮らしを強いられていた。そのうえ、悪徳官僚が横行し、少ない蓄えを毟り取っている。
そんな彼らに救いの手を差し伸べているのは、“鉄猿”と名乗る義賊であった。悪徳官僚の隠した財産を掠奪すると、それを民衆に分け与える。新たに派遣された総督もまた例外でなく“轍猿”の標的となり、少林寺出身の護衛をものともせずに蹴散らすと、財産を奪っていった。
憤った総督は警官たちに命じ、疑わしい者をことごとく捕まえる、という強硬策に打って出る。ちょっとでも“猿”の匂いをさせたものだけでなく、“鉄猿”を彷彿とさせる武術の腕前を披露した者でさえも例外なく取り押さえた。
その腕前故に疑われた者の中に、ウォン・ケイイン(ドニー・イェン)がいた。息子フェイホン(ツァン・カーマン)とともに訪れ、間もなく仏山に戻る予定だったが、たまたま乱闘に巻き込まれ、悪党をいなしているのを目撃されてしまったのである。ケイインは疑いを晴らすため、そして人質代わりとして監禁された息子を助けるために、“鉄猿”を捕まえる、と総督に約束してしまう。
そのせいで地元の人々から敵視され、食料を売ってもらうことも出来なくなったケイインだったが、地元の診療所・百草堂を営むヤン(ユー・ロングァン)とその妻シュウラン(ジーン・ウォン)が彼に食料を提供する。このとき、ケイインは知るよしもなかったが、実はヤンこそ、“鉄猿”その人だったのである――
[感想]
“香港のスピルバーグ”と呼ばれたツイ・ハーク監督が最盛期に撮り、未だに人気を博している通称“ワン・チャイ”シリーズの番外篇に当たる作品である。このシリーズは実在した医師にして武術家のウォン・フェイホンをモデルにした主人公の活躍を描いたものだが、本篇はそのフェイホンが幼かった頃の出来事、という位置づけにある。
実は少女が演じているフェイホンは、後年の活躍ぶりを窺わせる武術の腕をいちおうは披露するが、主役はその父・ケイインと言っていい。近年、カンフー映画のジャンルで気を吐くドニー・イェンが若かりし頃に演じたこの人物の切れ味は、先行するオリジナル版“ワン・チャイ”のジェット・リーに匹敵するもので、極端な話、彼のアクションを鑑賞するだけでも観る価値がある、とさえ言える。年輪を得て丸くなった最近の表情と異なり、まだ冷たさの残る印象だが、それが息子に対しても自分に対しても厳しいケイインという人物像に良く合っている。
とは言い条、ストーリーは往年の香港映画らしい……と言ってしまえば簡単だが、かなり雑だ。いわばケイインたちが戦うのは汚職の構造なのだが、その背景があまりに雑すぎる。いったいどうやってそこまで潜りこんだのか、本当にあんな雑な手口で成立するのか。“鉄猿”を探す手段のいい加減さも気になるし、よそから来た人物の言動に人々がああも過敏に反応するのはさすがに不自然だろう。こうした荒唐無稽さはオリジナルシリーズを踏襲したもの、とも言えるが、いい加減さはより強まっているという印象で、たぶん香港映画に馴染んでいない人には幼稚に映るだろう。ケイインは聡明な人物として扱われているし、悪党たちもうまく立ち回っているからこそここまで生き延びてきたはずなのに、そういう賢さが感じられないのはさすがに問題がある。
アクションも、動きにキレはあるものの、序盤は特に誤魔化しが多く、迫力に素直に感心出来ないのが引っかかる。あのドニー・イェンでさえ明らかに早回しを用いている場面が幾つかあり、逆にもったいない、と思える。
しかしその分、真の黒幕が登場して以降のアクションの迫力は素晴らしい。なまじ序盤に誤魔化しが散見された分、このシリーズらしい突出した趣向を用いたクライマックスのインパクトが強まっている。ラスト、足許に火が着けられたなか、木の杭の上に乗って混戦するくだりは、アクション好きなら手に汗握るひと幕である――果たしてあんなにうまく出来るだろうか、という疑問は、ここまで来ると野暮というものだ。
香港映画、特に往年のカンフー映画に親しんでいない人にとって愉しいのかは甚だ疑問だが、このジャンルに馴染んでいる者にとっては、その緩さまで含めて痛快な作品である。説教臭さが感じられない分、むしろジェット・リー主演による初期3作より気に入っているひとがいても不思議ではない、と思う。
関連作品:
『捜査官X』
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