『濡れ髪剣法』

濡れ髪剣法 [DVD]

監督:加戸敏 / 脚本:松村正温 / 製作:酒井箴 / 企画:浅井昭三郎 / 撮影:武田千吉郎 / 美術:太田誠一 / 照明:岡本健一 / 録音:大角正夫 / 編集:菅沼完二 / 音楽:鈴木靜一 / 出演:市川雷蔵八千草薫中村玉緒大和七海路、阿井美千子、島田竜三、香川良介、荒木忍、小川虎之助、小堀明男 / 配給:大映 / 映像ソフト発売元:角川映画

1958年日本作品 / 上映時間:1時間29分

1958年11月8日日本公開

2009年10月23日映像ソフト日本盤発売 [DVD Video:amazon]

DVD Videoにて初見(2012/02/24)



[粗筋]

 遠州佐伯藩の藩主松平家嫡男・源之助(市川雷蔵)は人のいい家臣に囲まれ、すっかり昼行灯となっていた。許嫁である、小田切但馬守(小川虎之助)の娘・鶴姫(八千草薫)にいいところを見せようと野試合をお披露目したところ、鶴姫は家臣たちがお追従で勝ちを与えたことを看破、源之助の井の中の蛙ぶりを嘲笑う。ムキになった源之助は、鶴姫が召し抱える林主水(小堀明男)と一戦を交えるが、いいように翻弄されてしまった。

 これでとうとう目が醒めた源之助は、自分が裸一貫で何が出来るのか、を見定めるために、ひとりで旅に出る。世間知らずの源之助は金も持たずに茶屋で食事をして、危うく文字通りの裸一貫になるところを、お伊勢参りの帰りに訪れた芸者・蔦葉(阿井美千子)に救われた。

 源之助の奇妙な振る舞いに関心を抱いたのは、大和屋弥七(荒木忍)である。彼は源之助を江戸にある自らの店に連れ帰り、しばらく居候として面倒を見ることにした。源之助は、この江戸暮らしでようやく己に足りなかったものを見出し、“源平”の偽名で身を寄せた弥七のもとで修行することを決意する。

 一方その頃、本国では若君の失踪に動揺していた。老中の芝田孫太夫は源之助が疱瘡を患ったことにして、江戸屋敷からの使者をごまかす。

 だが、どういう巡り合わせなのか、弥七が松平家江戸屋敷の籠かきを引き受けたことから、話はにわかにややこしくなった。道中行き会った武士が松平家を愚弄したことで源之助は激昂、江戸暮らしのあいだに上達した武芸で叩きのめしたために、江戸家老・安藤将監(香川良介)に目をかけられ、あろうことか若党として召し抱えられてしまったのである――

[感想]

 私にとっては市川雷蔵初体験である。『眠狂四郎』でも『陸軍中野学校』でもなくこれだったのは、けっこうしょうもない理由からだったが、選択肢としては決して悪くなかったように思う。

 勢いに任せ無数の作品を撮り続けていた日本映画最盛期の1本であるがゆえにだろう、率直に言えば話は軽く、筋運びにも強引さを感じる。特に、序盤で見せる若君のダメ人間っぷりに対し、後半で見せる才覚があまりに際立ちすぎて同一人物とは思えない。もともとまるっきりの愚か者ではなく、君主としての素質もあったから、社会経験を得て長足の進歩を遂げた、ということは窺えるが、もう少し成長の過程を見せる工夫がないと、さすがに唐突すぎる。

 だが、ある意味でお約束通り、しかしなかなか先を読ませない絶妙な語り口ゆえに、観ていて非常に愉しい。前述したような唐突さも、この呼吸のなかにうまく馴染んでいるので、言うほど気にならない、というより許せてしまう。映画作りに勢いがあるからこその力業だが、この感覚は昨今のどこか勢いに欠く、或いは丹念に精緻に組み立てられた作品にはない魅力だ。

 何より、市川雷蔵というスターの香気が、本篇にははっきりと感じられる。この作品のなかでは決して才気走っているわけでもなく、全般に台詞回しが芝居がかっているせいもあって、決して演技が達者、という印象はない。だが、細かな仕草、表情にいちいち、華がある。序盤のバカ殿様っぷりも目を楽しませるが、後半に入っての愚鈍と切れ者の狭間を漂うような外連味たっぷりの振る舞いが観るものを翻弄し、惹きつけずにおかない。

 脇役にしても、出番が少ない、役割分担が不明瞭、といったきらいはあるが、それでも存在感を発揮する者が多い。実際に武芸を披露する場面がないのにお転婆ぶりが感じられる鶴姫に、源之助の江戸での生活に彩りを添えるおみね(中村玉緒)、そして最初に若君を助けた蔦葉など、女性陣はおおむね光っているし、敵味方問わず男たちもシンプルながらいい味を出している。

 名作として後世に語り継がれる、というよりは、この頃の日本映画の魅力を剥き身に近いかたちで感じさせてくれる1本である、と思う。いまの日本映画に必要なのは、こういう作品をさらり、と繰り出して来る余裕なのかも知れない。

 ……ところで、“濡れ髪”っていったい何だったの?

関連作品:

七人の侍

助太刀屋助六

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