原題:“Don’t be Afraid of the Dark” / 監督:トロイ・ニクシー / 脚本:ギレルモ・デル・トロ、マシュー・ロビンス / オリジナル脚本:ナイジェル・マッキーンド / 製作:ギレルモ・デル・トロ、マーク・ジョンソン / 製作総指揮:スティーヴン・ジョーンズ、ウィリアム・ホーバーグ、トム・ウィリアムズ / 撮影監督:オリヴァー・ステイプルトン / プロダクション・デザイナー:ロジャー・フォード / 編集:ジル・ビルコック / 視覚効果スーパーヴァイザー:スコット・シャピロ / 音楽:マルコ・ベルトラミ、バック・サンダース / 出演:ケイティ・ホームズ、ガイ・ピアース、ベイリー・マディソン、ジャック・トンプソン、ギャリー・マクドナルド、ジュリア・ブレイク、ニコラス・ベル、アラン・デイル、テリー・ケンリック / ネクロピア/デル・トロ製作 / 配給:Face to Face×Pony Canyon
2011年アメリカ、オーストラリア、メキシコ合作 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:佐藤恵子
2012年1月21日日本公開
公式サイト : http://darkfairy.jp/
[粗筋]
建築家のアレックス(ガイ・ピアース)は、窮状打開のために、入手した古い屋敷の復原を試みていた。ローンで瀬戸際に追い込まれながらも、恋人でデザイナーのキム(ケイティ・ホームズ)の協力のもと、着実に工事を進め、手応えを感じ始めていた。
同じ時期、アレックスはかつての妻ジョアンのもとから一人娘のサリー(ベイリー・マディソン)を引き取る。妻は強迫的な教育を施した挙句に、我が子に関心を持たなくなっており、アレックスはそのことをサリーには伝えていなかったが、娘は己の立場を薄々勘付いており、終始不機嫌だった。
異変はサリーが到着したその晩から始まる。通風孔越しに聞こえる、父と恋人の仲睦まじい声に悩まされたサリーは、だがそれと同時に、自分に向かって囁きかける言葉を聞いた。
翌る日、広い庭を探険していたサリーは、植木のなかに地下室の天窓らしきものがあるのを発見する。改築を手伝うハリス(ジャック・トンプソン)が制止するのも聞かず、アレックスたちが捜し回ると、確かにホール回廊の真下に、壁で封じられた扉があり、その向こうに地下室が続いていた。父たちとともに地下室に踏み込んだサリーは、鉄の蓋で封印された暖炉と思しい場所から、あの囁きがふたたび聞こえてくるのを感じる。
まだ母親が恋しく、関係性の掴めない父と恋人との共同生活に馴染めないサリーは、職人の工具をこっそりと借り、地下室へと赴く。蓋の向こう側にいる友達を解放するために。
だが、サリーは知らない――この屋敷が長い間放置されていた理由が、蓋の向こうから彼女に囁きかける者達の存在に起因していたことを。
[感想]
オリジナルは、1970年代に制作されたTV映画なのだという。当時、家で魔物ごっこの遊びをするほど刺激を受けたギレルモ・デル・トロ監督が悲願の末、完成させたリメイク版である。
元となった『地下室の魔物』という作品を観ていないので、どの程度踏襲しているのか、どんな潤色を施したのか、私には断言できない。だが、非常にギレルモ・デル・トロが携わった作品らしい、独特のセンスに満ちた作品となっているのは確かだ。
時代設定こそ現代にしているが、意匠はみなクラシカルだ。舞台となるのは古色蒼然たる館、跋扈する魔物のデザインも、既視感を与えるものである。怪異に遭遇するのが、修繕して売却することを考える建築家とその家族、という設定はやや特徴的だが、基本的には視点人物としての役割もストレートなものだ。
しかし、そうした要素が無駄なく噛み合い、じわじわとムードを醸し、恐怖を増幅していく様は堂々たるものである。序盤から、何気ない描写であっても異様な気配を湛え、サリーが庭を冒険する様子や、闇から囁き声が響くくだりの緊迫感は秀逸だ。
事態に関わる家族が、普通の構成と異なっていることも本篇の優れた点である。離婚した夫婦の子供、というサリーの立ち位置、恋人の娘と接しなければいけないキムの立ち位置、そして娘を愛しつつも仕事に没頭して異変に鈍感なアレックスの立ち位置、いずれもホラー映画では時折見かけるものだが、これらすべてを組み合わせた作品というのはちょっと思い浮かばない。しかもそれらが絶妙に効力を発揮して、怪異の恐ろしさ、緊張感をいっそう膨らませているのだ。父とその恋人との関係がうまく築けず、母親を恋しがるサリーの心情が、得体の知れない囁きに惹かれる一因となり、当の父親が仕事に熱中していることが、キムのサリーに対する気遣いをより繊細にしている。サリーの経験する怪奇現象、彼女の周囲で起きる出来事が、精神的ストレスから来る幻覚に解釈される、という中盤の描写も説得力がある。
他方で興味深いポイントとして、近年の映画では珍しく、怪異の根源となる“魔物”をかなりあからさまに描いていることが挙げられる。日本産のホラーが世界的に持て囃されたあたりを境にして、ハリウッド産のものでも恐怖の対象をギリギリまで伏せたり、ちらつかせる程度にして牽引する手法が広まっていったが、本篇ではそうした手法も取り込みつつ、しかし“魔物”を直接的に描くことを過剰に控えたりしない。影の形で游泳する姿や、物陰を彷徨う姿を織り込み、じわじわとサリーや家族、関係者に迫っていくさまを臆することなく描いている。近年のホラーの主流とは違う、怪奇映画めいたこのスタイルが、本篇に独特の香気を齎しているのだ。
最も特筆すべきは結末だろう。ハリウッド的な予定調和と異なる、だが過程の描写を思えば非常にしっくり来る終幕が齎す余韻は、恐ろしくも切ない。名作『パンズ・ラビリンス』にも通じる、ホラーや怪奇映画の味わいを見事に盛り込みながら、美しい情感を生み出す技はまさにギレルモ・デル・トロならではだ。本篇の監督を担当しているのはデル・トロではなく、コミック作家出身の新鋭トロイ・ニクシーだが、もともとデル・トロのファンでもあったらしい監督は、デル・トロ自らの手による脚本をベースに、演出やヴィジュアル面でもその持ち味を見事に再現しており、素晴らしい仕事ぶりである。
若干、痛々しい描写もあって、やはりホラーがどうしようもなく苦手だ、というひとにはお薦めしづらいのだが、クラシカルな要素を巧みに活かし、ドラマ的にも豊かな情感を生み出す本篇は、ホラー映画や怪奇映画を好むひとだけに薦めるには惜しい名品である。
関連作品:
『ヘルボーイ』
『永遠のこどもたち』
『ダークネス』
『黒の怨』
『スケルトン・キー』
『インシディアス』
『マイ・ブラザー』
『英国王のスピーチ』
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