原題:“Sabrina” / 原作:サミュエル・A・テイラー / 監督&製作:ビリー・ワイルダー / 脚本:ビリー・ワイルダー、サミュエル・A・テイラー、アーネスト・レーマン / 撮影監督:チャールズ・ラングJr. / 美術:ハル・ペレイラ、ウォルター・テイラー / 編集:アーサー・シュミット / 衣裳デザイン:イーディス・ヘッド / 音楽:フレデリック・ホランダー / 出演:オードリー・ヘップバーン、ハンフリー・ボガート、ウィリアム・ホールデン、ウォルター・ハンプデン、ジョン・ウィリアムズ、マーサ・ハイヤー、フランシス・X・ブッシュマン、マルセル・ダリオ、ジョーン・ヴォーズ、ネラ・ウォーカー、マルセル・ヒライヤー / 配給:パラマウント / 映像ソフト発売元:Paramount Japan
1954年アメリカ作品 / 上映時間:1時間53分 / 日本語字幕:清水俊二、戸田奈津子
1954年9月28日日本公開
2006年4月21日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon]
第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series2 青の50本》上映作品
TOHOシネマズ六本木ヒルズにて初見(2012/01/25)
[粗筋]
ニューヨーク、ロングアイランドに居を構えるララビー家には、ふたりの息子がいる。長男のライナス(ハンフリー・ボガート)は父の右腕として事業に辣腕を振るうが、浮いた噂はほとんどない。対して次男のデイヴィッド(ウィリアム・ホールデン)は3度の短い結婚を筆頭に、しょっちゅう女性達に色目を使い、ララビー家の事業に重役として名を連ねながらも働く様子はない。
そんなララビー家に20年以上、運転手として奉職するトーマス・フェアチャイルド(ジョン・ウィリアムズ)のひとり娘・サブリナ(オードリー・ヘップバーン)は、幼い頃からずっとデイヴィッドに憧れていた。しかし、お転婆で色っぽさに欠く彼女に、デイヴィッドは親愛の情こそ示しても、ほとんど関心を示さない。
父の薦めで、料理を学ぶためにパリに留学を決め、いよいよ明日出発、という晩にも、去りゆくサブリナのことなどお構いなしにデイヴィッドはグレチェン(ジョーン・ヴォーズ)という女性を熱心に口説いている。絶望したサブリナは、車庫を閉めきったまま車のエンジンをかけ、排気ガスで自殺を図るが、異変を察したライナスによって助けられてしまった。かくしてサブリナは、失意のままパリの空へと旅立つ。
依然としてデイヴィッドへの未練を捨てきれない心情を手紙に綴るサブリナにトーマスや使用人仲間たちがヤキモキするなか、そのデイヴィッドも兄の策略によって人生の岐路に立たされていた。年中遊び歩いて会議にも出席せず、事業に協力しないデイヴィッドに業を煮やしたライナスは、合同で事業を進めていたタイソン家の令嬢エリザベス(マーサ・ハイヤー)とデイヴィッドとの縁談が進んでいる、という話を新聞紙にリークし、商談を円滑に運びつつ弟を落ち着かせることを目論んだのだ。
そうしてデイヴィッドの縁談が着々とまとまりつつある頃、サブリナは2年間の留学を終えてロングアイランドへ戻ってきた。彼女は留学のあいだに、パリで心優しい男爵(マルセル・ダリオ)の薫陶を受け、見違えるほどに洗練された大人の女性へと変貌していた。帰還した彼女を偶然出迎えることとなったデイヴィッドは、婚約中にも拘わらず、花開いたサブリナの魅力に、一瞬で虜にされてしまう……
[感想]
『ローマの休日』での鮮烈なデビュー(正確には違うようだが、実質的な意味合いで)に続いて、オードリー・ヘップバーンが映画界に旋風を起こした、初期の代表作である。本篇のラストで彼女が纏う衣裳が、作品にちなんで“サブリナ・パンツ”と呼ばれるようになったのだから、その影響の大きさが窺い知れる。
しかしその内容は、決して安易なロマンスではない。序盤こそ、富豪の息子に対する使用人の娘の憧れが純粋に、切なく描かれ、留学中も思慕に耽ってしまう様子で快い笑いを誘う、オーソドックスなロマンティック・コメディの様相だが、話が進むにつれ、じわじわと王道を逸脱していく。
粗筋ではその手前で止めてしまったが、このあとの変化、登場人物たちの心情の縺れあう様は複雑で、先読みが難しい。当初デイヴィッドひと筋のように思われたサブリナが、ララビー家の人々の思惑によって揺すぶられる一方で、サブリナがパリで開花させた魅力がデイヴィッドの兄ライナスをも揺さぶる。そして、デイヴィッドの味方であると同時に、封建的な父親より進歩的なものの見方をするが故にサブリナやその父親の幸せにも配慮しようとするライナスの優しさが、サブリナの気持ちをも変えていく。高級車の運転席と後部座席の違いを気にするふたりの父親の思いや戸惑いも絡んで、結末がまったく見えてこない。このドキドキ感が秀逸だ。
本篇は、貴族社会の延長上にある富裕層の生活や価値観と、20世紀中盤の開放的な思想が交錯して生じる心情こそが見物であると思う。実際にはあり得なかっただろう、と思えるほどに本篇の登場人物はみな異なる階層、価値観に対して一定の理解を示しているが、それでも容易に乗り越えられない、という諦念を抱いている。料理教室でパリの貴族という知己を得、洗練された文化に触れたことで、“使用人”という壁をあっさりと飛び越えたサブリナが、憧れのために奮闘し、周囲の人々を掻き回していく。
使用人の仲間たちはその成長を素直に喜ぶが、ライナスや彼の父、そしてサブリナ自身の父親といった人々は、その成長、美しさを評価しながらも、危険なものとして憂慮し、慎重に排しようとする。だがそれでも、最初に奔放であったデイヴィッドが取り込まれ、真面目ひと筋だが弟の理解者でもあったライナスが呑みこまれていく。訳あってサブリナに逢うことが出来なくなった弟の代わりに、と言いながら明らかにとち狂い、それでもなかなか己の変化を自分や周囲に受け入れさせることが出来ないライナスの姿は滑稽であると同時に愛嬌を感じさせる。ハードボイルド・タッチの役柄で人気を博していたハンフリー・ボガートだが、それ故に軽くなりきれない不器用さが板についていて魅力的だ。
そして、細かな描写を巧みに紡ぎあげたクライマックスは、洒脱で軽やかだがしっかりと心に残る。個々の役柄も位置づけも、印象に残る仕草や台詞もきちんと拾い、無駄がない。
個人的には、他のワイルダー作品に比べ伏線が絡みあっていく快感に少々乏しく思え、また妖精オードリーの魅力を引き出しているか否か、という意味では、先に観てしまった『昼下りの情事』に及ばない、というのが正直なところだ。しかしそれでも、決して安易でないのに受け入れやすく、観終わって快い余韻を得られる、上質のロマンティック・コメディであることに変わりはない。
関連作品:
『サンセット大通り』
『昼下りの情事』
『お熱いのがお好き』
『あなただけ今晩は』
『ローマの休日』
『シャレード』
『カサブランカ』
『愛のそよ風』
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