著者がキャリア終盤に多く発表した、会員制バー《三番館》のバーテンが鮮やかに謎を解決するシリーズの光文社文庫版全集、第4巻にして完結篇。2日間の尾行という簡単な仕事が探偵を事件に巻き込む《人形の館》、幻の作曲家をモチーフにした絵を巡るトラブルを描いた表題作など9篇に加え、シリーズ初の長篇として執筆されていたが完成に至らなかった《白樺荘事件》をボーナストラックとして収録。
著者のキャリアのなかでも最晩年、しかも当時は幻となっていた作家や新人の発掘に情熱を傾け始めていたからか、作品数はどんどん減っていたので、発表の間隔は広がっている。内容的にも、定着した私立探偵の調査からバーテンダーの推理、という定型のほうが少なく、事件の関係者となった人物が会員を介してバーテンの推理を頼ったり、或いは会員自身が事件に遭遇するパターンのほうが多い。探偵の自堕落ブリと、自覚的な武骨さも一種の魅力だったが、捜索を発表する数が減っていたこの頃、探偵が出張るにはあまり相応しくない、ミステリ作家の内幕やクラシック音楽のマニアックな知識を活かした、著者らしいアイディアを用いる舞台が他になかった、というのも関係しているかも知れない。本格ミステリとしてはいずれも練達の技が楽しめるが、個人的にはちょっと物足りない。
だが、紙幅の2/5に及ぶボーナストラック《白樺荘事件》が、それを補ってあまりある。星影龍三が登場する、やや長めの中篇『白の恐怖』を改稿、長篇化のうえ、東京創元社にて1988年から刊行されたシリーズ《鮎川哲也と十三の謎》の1冊として発表することが予告されていたが、完成に至ることなく、著者は2002年にこの世を去った。本書に収録されているのはその未完原稿だが、内容はほぼ《三番館》シリーズ、それも探偵の一人称による調査から事件のパートそのものなのだ。アラスカに渡り巨万の富を築いた人物が、遺産を分配する親戚たちに面会し、受け取りの意思を確認する、というくだりから、故人の妻と、《三番館》シリーズでもお馴染みの弁護士を交えて軽井沢の白樺荘に集い、契約を結んだところで最初の明白な事件が起きるまでが描かれているが、すべて探偵の一人称なので、本書に収録された短篇で感じた物足りなさの一部を補ってあまりあるほど、探偵の個性とユーモアが堪能出来る。
とはいえ、完成させることなく書き手を失った作品ゆえ、明らかに推敲が施されていない。白樺荘に集うくだりは随所に描写の重複や矛盾が目立つが、収録された原稿の大半を占める、相続人のもとを訪ねるくだりも、記述に無駄が多すぎる印象だ。日本各地を巡り、その風情を探偵なりの感性で表現しているのは楽しいが、どう考えても物語と関係のない部分が多く感じられる。今後、誰かが描き継いで完成させる可能性はゼロではないと思うが、作者の構想したとおりの完成形にお目にかかれることは決してないので、果たしてどこまでが必要でどこからが不要なのか、は想像するしかないのだが、それにしてもちょっと探偵、存在感出しすぎだと思う。
しかし、これだけ前に出ていればこそ、たとえ未完成であっても、新たな《三番館》全集に収録されるには相応しい。あまりにも占有率が高いのに未完なので、初見の読者には親しみづらくなっていまいか、という危惧は覚えるが、ファンアイテムとしては正しいだろう。
ちなみに、完成作品の中で個人的にいちばん好きなのは、結果的に最後の作品となった『モーツァルトの子守歌』だった。探偵こそ登場しないが、クラシックという著者らしいテーマに、シンプルだけど強烈な解決は、著者の短篇創作におけるテクニックが実感できる。
もっとたくさん、書いて欲しかった。
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