『男たちの挽歌』

TOHOシネマズ日本橋、エレベーター向かいの壁に掲示された『男たちの挽歌』上映当時の午前十時の映画祭14案内ポスター。
TOHOシネマズ日本橋、エレベーター向かいの壁に掲示された『男たちの挽歌』上映当時の午前十時の映画祭14案内ポスター。

原題:“英雄本色” / 監督&脚本:ジョン・ウー / 製作:ツイ・ハーク / 製作総指揮:ウォン・カーマン / 撮影監督:ウォン・ウィンハン / 美術:ベニー・リウ / 編集:カム・マー / 音楽:ジョセフ・クー / 出演:チョウ・ユンファ、ティ・ロン、レスリー・チャン、エミリー・チュウ、リー・チーホン、ケン・ツァン / 初公開時配給:ヘラルド / 映像ソフト発売元:TWIN
1986年香港作品 / 上映時間:1時間35分 / 日本語字幕:松浦美奈 / R15+
1987年4月25日日本公開
午前十時の映画祭14(2024/04/05~2025/03/27開催)上映作品
2022年12月7日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD VideoBlu-ray Disc日本公開35周年記念 4K ULTRA HD + Blu-ray]
Blu-ray Discにて初見(2011/9/12)
TOHOシネマズ日本橋にて再鑑賞(2024/9/17)

[粗筋]
 ホー(ティ・ロン)はマーク(チョウ・ユンファ)と共に偽札作りの事業を立ち上げることに成功し、組織での存在感を増した。
 だがホーはそろそろ足を洗うことを考えはじめていた。弟のキット(レスリー・チャン)が警察官採用試験に合格、堅気の世界で大成するきっかけを得ようとしており、自分の存在を弟の障害にしたくはなかったのである。万一の場合に備えてあとのことをマークに託したうえで、ホーは台北での商談に赴いた。
 しかし、そこでホーを待ち受けていたのは、裏切りだった。商談の相手に襲われ、部下を大勢失ったあとで、残った者を救うためにホーは現地の警察に投降する。
 台湾の刑務所で3年間を過ごしたあと、ホーはようやく釈放され、香港に戻るが、そこで彼を迎えたのは、惨い現実であった。ホーが逮捕されたことを受けて、組織は口封じのためにホーの父親を始末しようと画策、キットと恋人のジャッキー(エミリー・チョウ)によって犯人は返り討ちにしたが、父の命も既に奪われていた。キットは組織に対する憎悪を燃やし、懸命に追い続けているが、ホーの身内であるが故に、その功績を正当に認められていなかった。
 更に、親友のマークは、ホーが逮捕されたあと、裏切りに荷担したと思われる者たちを皆殺しにしたが、銃弾を右足に受け、補助具なしでは歩けない身体となり、組織の下働きに身をやつしていた。かつてホーたちの弟分だったシン(リー・チーホン)に顎で使われる惨めな有様に、ホーは胸を痛める。
 それでもホーは、極道を捨てるつもりだった。唯一の肉親である弟との絆を守るために。だが、いちど彼が染まった悪の道は、簡単にホーを放してはくれなかった……

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[感想]
 のちにハリウッドで『フェイス/オフ』、『ブロークン・アロー』などを発表、そして中国にて満を持して撮影した『レッド・クリフ』2部作でも成功を収めているジョン・ウー監督の、その才能が注目されるきっかけとなった作品である。
 コートに二挺拳銃という特徴的なスタイル、スローモーションを盛り込んだアクション描写、男心をくすぐる熱いクライマックスなど、『マトリックス』を筆頭に、ハリウッドの作品群にも多大な影響を及ぼしたジョン・ウー監督のスタイルだが――正直、私の目にはこの第1作は、全般に物足りなく感じられた。
 フォロワーが見事にその格好良さを消化して、自分なりのアクション描写を研ぎ澄ませ、より完成させていったものに多く触れてしまったせいだろう、本篇の仕上がりは率直に言って、ぬるい。ジョン・ウー自身がハリウッド進出以降に撮った作品の方が、格好良さでは上回っている。
 その背景には、心理的な伏線を張り巡らせること、そのアクションの意味合いを補強する工夫が、本篇の段階ではまだ足りていないことがあるように思う。『ブロークン・アロー』のボクシング対決での賭け金のようなキキメが、本篇は有効に働いていないのだ。
 クライマックスの銃撃戦にしても、構成が唐突で、話運びも乱暴な印象がある。強烈な弾幕と凄まじい爆発が揃っているだけで充分、という意見もあるだろうが、個人的にはそこにもうひと味欲しかった、と思う。
 とはいえ、多くの人が魅了されるのもよく解る。往年の香港映画らしい乱暴な筋運びとは言い条、その展開は観る者の胸を熱くさせずにおかない。犯罪者の道を歩みつつも、家族には平穏な暮らしをして欲しいと願い、そして友情に厚い男。だが、異国での刑務所生活のあとで戻った街では、そのどちらもが蝕まれている。それでも何とか堅気になろうと努力するが、いちど彼を捕えた黒社会の軛は、簡単には外れない。胸の奥を掻き乱すような展開ののちに、立ち上がる男たちの姿は壮絶で、みすぼらしくも鮮烈な美しさを湛えている。
 終盤のやり取りは幾分芝居がかっているものの、状況の積み重ねは(展開そのものは強引とは言い条)しっかりしているので、観ていて胸に迫ってくる。ラストの1発に至る選択、そしてゆっくりと去っていく者たちの姿は、憔悴しながらも雄々しさを感じさせるのだ。
 聞くところによると、このシリーズは本篇よりも第2作のほうが評価が高いらしい。本篇のヒットにより多くの予算を注ぎ込むことが出来るようになり、また本篇の反省を踏まえた上で作っているのなら、それも当然のことと思える。そう考えると、本篇は単体の完成度よりも、個々のシチュエーションの印象深さ、シリーズ自体も含め、続く作品群に与えた影響の大きさにこそ注目すべきなのかも知れない。
 ちなみにこの作品、私は2011年に発売されたブルーレイのレンタル版で鑑賞したのだが、これがファンのあいだではいまひとつ評判が良くないらしい。デジタル・リマスター版と銘打っているのだが、音響が悪く、銃撃戦の迫力を損なっている、というのだ。
 私は旧版を知らないので、さほど気にならないだろう、と高をくくって鑑賞したものの、実際に観てみると、確かにあまり出来が良くない。銃撃戦のシーンに限らず、全体に音の配置や響き方などが不自然で、どうも作品の雰囲気を過剰に作り物っぽく感じさせてしまっている。
 もともと香港の映画業界はフィルムの保存方法にそうとう問題を抱えているようで、ジャッキー・チェンの1970年代後半から80年代前半の初期作品は無論、1990年代の作品でさえ、リリースされているDVDの画質が鑑賞可能なギリギリの水準に保たれているだけ、というものが多い。そう考えると本篇は頑張っている方だ、と言えなくもないのだが……。
 間違いなく作品の魅力の最も大きな部分を占めているはずの銃撃戦が精彩を欠くようなリマスターでは、ちょっと勿体なさすぎる。何とか改善が図られることを願いたい。

2024年9月17日追記
 初めて鑑賞してから13年後、本篇は午前十時の映画祭14の上映作品に選ばれ、大スクリーンに蘇った。この映画祭では、採り上げる作品はデジタルリマスターを施し、現代の環境に最適化させることになっているので、上記の問題点については基本的に解消されたようだ。
 ただまあ、率直に言えば、音響デザインという面では物足りなさを覚える仕上がりだった。どこか雑然としていて、映像との一体感に乏しく、臨場感も充分とは言えない。
 それでもやはり、以前に自宅のモニターで、フィルムから直接起こしたような映像で鑑賞したときとは雲泥の違いだった。映像は鮮明になり、夜の港で繰り広げられるクライマックスに没入しやすくなった。文句こそつけたが、確実に粒立てられた音響によって、迫力も増している。
 上記の感想を読み返すことなく映画館に脚を運んだ結果、物語の強引さに対する印象もさほど変わらなかったが、この点については若干、寛容に受け止められるようになった。だって、1980年代くらいの香港映画は基本、こんな感じなのだ。かつては、脚本を用意して撮影すると、油断した隙に剽窃されるのが当たり前だったため、脚本抜きで撮影していたという香港映画は、これ以上に粗い。ストーリーにせよアクションにせよ、緻密に組み立てた作品が増えるには、もう少しかかる。
 むしろ、そうした変革の萌芽を感じさせる点で、本篇は価値があると言える。世界中の名作、注目作をスクリーンに蘇らせる午前十時の映画祭に選ばれるのも、自然なことだったのだろう。

関連作品:
ジャッキー・チェンの秘龍拳/少林門』/『ペイチェック 消されたレッドクリフ PartI』/『レッドクリフ Part II―未来への最終決戦―
パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』/『酔拳2』/『さらば、わが愛/覇王別姫』/『ファースト・ミッション』/『暗戦 デッドエンド』/『ポリス・ストーリー3
マトリックス』/『RAIN』/『キル・ビル Vol.1

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