『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー(字幕・3D・Dolby CINEMA)』

丸の内ピカデリーDolby CINEMAスクリーン入口脇に掲示された『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』特別ポスター。
丸の内ピカデリーDolby CINEMAスクリーン入口脇に掲示された『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』特別ポスター。

原題:“Black Panther : Wakanda Forever” / 監督&原案:ライアン・クーグラー / 脚本:ライアン・クーグラー、ジョー・ロバート・コール / 製作:ケヴィン・ファイギ、ネイト・ムーア / 製作総指揮:ヴィクトリア・アロンソ、ルイス・デスポジート、パリー・H・ウォルドマン / 撮影監督:オータム・デュラルド・アカルポー / プロダクション・デザイナー:ハンナ・ビークラー / 編集:ケリー・ディクソン、ジェニファー・レイム、マイケル・P・ショーヴァー / 衣装:ルイス・カーター / 視覚効果&アニメーション:インダストリアル・ライト&マジック / 視覚効果監修:ジェフリー・バウマン / ヴィジュアル開発主任:ライアン・メイナーディング / キャスティング:サラ・ハリー・フィン / 音楽:ルドウィグ・ゴランソン / 出演:レティーシャ・ライト、ルピタ・ニョンゴ、ダナイ・グリラ、ウィンストン・デューク、ドミニク・ソーン、フローレンス・カサンバ、ミカエラ・コール、テノッチ・ウエルタ・メヒア、マーティン・フリーマン、アンジェラ・バセット / 配給:Walt Disney Japan
2022年アメリカ作品 / 上映時間:2時間41分 / 日本語字幕:小寺陽子
2022年11月11日日本公開
公式サイト : http://marvel-japan.jp/blackpanther2/
丸の内ピカデリーにて初見(2022/11/17)


[粗筋]
 ワカンダ国王ティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)は病によって生涯を終えた。
 それまで発展途上国を装っていたワカンダの真の姿を世界に示し、巨大な脅威と戦う力添えを果たしたリーダーを失った国民達は悲嘆に暮れた。とりわけティ・チャラの妹シュリ(レティーシャ・ライト)のショックは著しい。兄の命を救うため、そして国王が引き継ぐ《ブラックパンサー》の力の源であるハート型のハーブを蘇らせるため試行錯誤を繰り返していたが、間に合わなかった。空位となった王座を母ラモンダ(アンジェラ・バセット)に預ける一方、兄の死から1年を経て未だハーブの復元に尽力している。
 そんな矢先に事件は起こった。世界で唯一、ワカンダが資源として保持する最強のレアメタル《ヴィブラニウム》の供給を拒まれた各国は他の鉱脈を探して躍起となっているが、開発されたヴィブラニウム探査機によって大西洋の深海にその兆候を見出したアメリカが派遣した調査団が、またたく間に全滅したのである。
 調査団を襲撃したのは、深海の国・タロカン帝国の戦士達だった。約500年前にスペインの侵略を受けたマヤ文明の一部の部族が、侵略者のもたらした疫病から逃れるために服用した薬草によって体質が水中での生活に適応、以来、ヴィブラニウムを活用した模造太陽で光を得、深海に築いたのがタロカン帝国である。その始祖であり、足首に飛行を可能にする羽を持つ《ククルカン》の二つ名で呼ばれる国王ネイモア(テノッチ・ウエルタ・メヒア)は、ラモンダとシュリの前に現れると、ワカンダがヴィブラニウムの存在を公にしたことで、同様に長年その存在を秘匿していた帝国を危険に晒した、と主張、探査機を開発した人物を探し出し自分たちの前に引き出さなければ、ワカンダを襲う、と宣言した。
 シュリは国王親衛隊長・オコエ(ダナイ・グリラ)に同行し、開発者がいるマサチューセッツ工科大学に赴く。意外にも、ヴィブラニウム探査機を開発したのは、まだ20歳にもならない学生のリリ・ウィリアムズ(ドミニク・ソーン)だった。自身も科学者であるシュリは彼女を保護しようとするが、彼女が密かに様々な発明品を手懸けていた倉庫を訪ねているときFBIによって包囲され、シュリ、オコエ、リリの三手に分かれて逃亡を図る。
 あと少しで逃げ切れるところだったそのとき、タロカン帝国の戦士達の襲撃を受ける。FBIがまたたく間に倒される中、オコエはひとり奮戦するが、タロカン兵の戦力に圧倒され、シュリとリリを囚われてしまった。
 ティ・チャラの死以来続くワカンダ国の苦難は、まだ終わる気配を見せなかった――


[感想]
 前作、そして《マーヴェル・シネマティック・ユニヴァース》最大の節目となった『アベンジャーズ/エンドゲーム』含む数作で《ブラックパンサー》を演じたチャドウィック・ボーズマンは、本篇の撮影を前にした2020年8月、大腸癌によって死去した。周囲にのみ打ち明け、闘病しながらも撮影に臨み、自ら製作を兼任する精力的な仕事ぶりを示していたが、遂に病魔に屈してしまった。
シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』での初登場からわずか4年、MCUとして初めてアカデミー賞作品部門へのノミネートを果たすなど、質の面でも高く評価された作品の主演俳優を、2作目に着手する直前に失ったのだ。ファンは当然のように今後に関心を向けたが、スタジオ側の判断は、代役を立てない、しかしCGによるモーションキャプチャーなどの方法で再現を試みることもしない、というものだった。以降、物語の中でのチャドウィック・ボーズマンが演じたティ・チャラの扱いはどうなるのか、そしてワカンダの王族が代々受け継いだヒーロー《ブラックパンサー》はどう変わるのか、といった情報を一切漏らすことなく、公開を迎えている。話題を盛り上げ期待を高める意図もあっただろうが、先入観を与えたくなかった、とも考えられる。
 ようやく公開された本篇を鑑賞して、納得がいった。
 本篇は、“チャドウィック・ボーズマンの死”という悲劇を、そのまんま作品に組み込んでいるのである。
 前述した事情をあらかじめ承知したうえで鑑賞すると、特にハッとさせられるはずである。冒頭で描かれるティ・チャラの死の経緯は、見事なまでにボーズマンの死を踏まえている。そしてそれゆえに、この抗いようのない現実に対して登場人物たちが見せる態度、感情にほとんど嘘が感じられない。キャストはもちろんスタッフもまた、劇中で描かれたのと同じような驚きと哀しみに打ちひしがれたのだ、と想像に難くない。恐らく、実際にワカンダのような科学技術が自分たちにあればこう考える、というところまで、感覚的には本物だったはずだ。仮に、そうした一連の事情に疎かったとしても、本篇のプロローグには充分な衝撃を受けるに違いない。
 そして物語は、本来の主人公を欠いた状態で始まる。だが、実のところ、物語の始点がどこに重きを置いているか、ということが察せられれば、どこに着地させたいか、も自ずと汲み取れる構造になっている。率直に言えば、このあたりまでは、原作コミックを知っているファンのみならず、映画版のみ鑑賞して情報を仕入れているひとでも予想はつく。
 本篇の端倪すべからざる点はここからなのだ。ある意味、そこまで明白な展開を、しかし物語は決して観客に確信させることなく、うねりながら進んでいく。ワカンダ同様、秘密のヴェールで自らを守っていた国家との対立、やがてヒーローばかりか主導者すらも欠いた状態のワカンダを襲う脅威。ティ・チャラの死で負った心の傷がまだ癒えず、折り合いすらつけられずにいる人物が少なくないなかで、運命は必然的な選択を登場人物たちに迫っていく。
 ここで用意された《タロカン帝国》、そして《ククルカン》の二つ名で呼ばれる国王を敵として持ち出す構図がまた、いやらしいほどに絶妙だ。いわば彼らはワカンダと同じ種類の秘密を現在に至るまで隠し通していた人びとであり、共鳴しうる部分は少なくない。他方で民を滑るのは、国家の始祖でもある、という“不死”に極めて近い存在だ。他の国民とは異なる特殊能力を備える、という点では《ブラックパンサー》と重なりながら、彼は代替わりをせず頂点に君臨し続けている。更に、この《ククルカン》が長年にわたって、地上の世界に抱いている感情は“憎悪”なのだ。国家の成り立ちの類似を軸に、逆のベクトルにあるようなこの敵は、ボーズマン生前の時点での構想で既に採用が決まっていたというが、もはや運命的としか言いようのない嵌まりようでワカンダ、そして物語の中心人物たちを揺さぶり続ける。
 もうひとつ興味深いのが、ティ・チャラという存在を失ったことで、本篇がMCUの諸作の中でも抜きん出て“女性”というものに焦点を当てた物語に変容した点がある。アマゾネスを彷彿とさせる女性中心の親衛隊が存在し、ティ・チャラの妹であり科学者のシュリ、そして元恋人でスパイ、というナキア(ルピタ・ニョンゴ)がいる時点で、マーヴェルでも女性の比率が高い作品だったが、その愛情や崇敬を一身に集めていたティ・チャラを失くしたことにより、こうした特異性がいっそう強調される物語に変容したかのようだ。家族の喪失に懊悩する妹と母、男性のライヴァルに圧倒され辛酸を舐める親衛隊長オコエ、更には同性愛と、ここでは敢えて伏せるが、他にも女性が中心だからこそのドラマが埋め込まれている。前作じたいが、黒人中心のスタッフとキャストで構成され、黒人文化を意識して採り上げた、マイノリティに寄せたヒーロー映画であったが、本篇は更に女性という、男性優位の社会におけるマイノリティの尊厳に向き合った物語になったように映る。MCU先行作でも既に『キャプテン・マーベル』、『ブラック・ウィドウ』、『エターナルズ(2021)』、広く捉えれば『アントマン&ワスプ』まで、女性のヒーローを採り上げるようになってきたが、題材としてもっとも深く踏み込んだのが本篇であることは間違いない。チャドウィック・ボーズマンの死、という悲劇がもたらした転換であったが、それが結果として、前作以上にMCUにおいて、そしてヒーロー映画において挑戦的で意義深い主題になった、というのもまた運命的だ。
 ただ惜しむらくは、《ブラックパンサー》という存在の喪失を補うに至るクライマックスの展開に、やや爽快さを欠いている。そこで描かれる葛藤は実にリアルであり、せめぎ合いの中で得られる覚悟は尊く映るが、この展開にしてしまったことで、《ブラックパンサー》という称号の持つ神秘性をいささか損なってしまった感があるのだ。すべての葛藤が昇華される瞬間と、《ブラックパンサー》の空白が解消される瞬間が一致していればより理想的であった、というのは、さすがに高望みが過ぎるかも知れないが。また、その歪さ、葛藤の姿もまた、ここ最近のMCU作品にやや乏しく感じられた、ヒーロー映画であることへの気概を感じさせることも確かなのだ。しかもそのなかには、MCUが長きにわたって継続してしまったがゆえに、いずれ直面する課題まで含まれているのだから、本篇の意義はなおさら大きい。
 いずれにせよ、本篇は“ヒーローの喪失”という大いなる危機に、覚悟を持って臨んだスタッフ、キャストの想いが籠められた結果、ヒーロー映画としてもドラマとしても極めて熱の籠もった作品となった。誰もが求める清々しさこそ体現し得なかったが、この厳しい制約の中で生まれた上質の精華であると共に、ヒーロー映画の理想を覗かせる意欲作となったのは間違いない。本篇でMCUのフェーズ4は終了、という位置づけになるそうだが、それに相応しく、里程標めいた作品でもある。


関連作品:
ブラックパンサー
アイアンマン』/『インクレディブル・ハルク』/『アイアンマン2』/『マイティ・ソー』/『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』/『アベンジャーズ』/『アイアンマン3』/『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』/『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』/『アントマン』/『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』/『ドクター・ストレンジ』/『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』/『スパイダーマン:ホームカミング』/『マイティ・ソー バトルロイヤル』/『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』/『アントマン&ワスプ』/『キャプテン・マーベル』/『アベンジャーズ/エンドゲーム』/『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』/『ブラック・ウィドウ』/『シャン・チー/テン・リングスの伝説』/『エターナルズ(2021)』/『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』/『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』/『ソー:ラブ&サンダー
ナイル殺人事件(2022)』/『フライト・ゲーム』/『扉をたたく人』/『スペンサー・コンフィデンシャル』/『ワンダーウーマン』/『007/スペクター』/『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』/『ミッション:インポッシブル/フォールアウト
アクアマン』/『アポカリプト』/『ワイルド・スピード SKY MISSION』/『21ブリッジ』/『マ・レイニーのブラックボトム

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