『クライ・マッチョ』

TOHOシネマズ新宿、スクリーン3入口前に掲示された『クライ・マッチョ』チラシ。
TOHOシネマズ新宿、スクリーン3入口前に掲示された『クライ・マッチョ』チラシ。

原題:“Cry Macho” / 原作:N・リチャード・ナッシュ(扶桑社文庫・刊) / 監督:クリント・イーストウッド / 脚本:ニック・シェンク、N・リチャード・ナッシュ / 製作:クリント・イーストウッド、ジェシカ・マイアー、ティム・ムーア、アルバート・S・ルディ / 撮影監督:ベン・デイヴィス / プロダクション・デザイナー:ロン・リース / 編集:デヴィッド・コックス、ジョエル・コックス / 衣装:デボラ・ホッパー / 音楽:マーク・マンシーナ / 出演:クリント・イーストウッド、ドワイト・ヨーカム、エドゥアルド・ミネット、ナタリア・トラヴェン、ホラシオ・ガルシア=ロハス、フェルナンダ・ウレホラ / マルパソ/アルバート・S・ルディ製作 / 配給:Warner Bros.
2021年アメリカ作品 / 上映時間:1時間44分 / 日本語字幕:松浦美奈
2022年1月14日日本公開
公式サイト : http://crymacho-movie.jp/
TOHOシネマズ新宿にて初見(2022/1/14)


[粗筋]
 1979年、かつて花形のロデオ・スターだったマイク・マイロ(クリント・イーストウッド)は牧場主のハワード・ポルク(ドワイト・ヨーカム)から解雇を告げられる。怪我でロデオを引退したあとも牧童として働いていたが、新しい人間と交代させられたのである。
 それから1年後、マイクの自宅をハワードが訪ねてきた。別れた妻レタ(フェルナンダ・ウレホラ)のいるメキシコで暮らす息子ラフォ(エドゥアルド・ミネット)を連れてきて欲しい、というのだ。実の親子であっても誘拐が成立しうる頼みにマイクは難色を示すが、長年の恩義を振りかざされ、引き受けざるを得なくなる。
 ハワードから受け取った経費を携え国境を越えたマイクは、さっそくレタの同行を探るべく、パーティで騒がしい邸内へと潜入する。すぐにレタの部下に発見されてしまったが、レタはラフォがいま、一緒に暮らしていないことを告げる。母親に反発したラフォは闘鶏で日銭を稼ぎながら路上で生活しているという。
 レタの言葉通り、ラフォは街中の闘鶏場にいた。しばしば暴力を振るうこともあるレタとの生活を嫌ったラフォは、憧れの生活が待つテキサス行きを望んだ。ラフォは荷物と、パートナーである闘鶏の《マッチョ》を連れてマイクの車に乗り込む。
 レタの部下アウレリオ(ホラシオ・ガルシア=ロハス)の追跡、精神的に不安定なラフォとの諍い、という不安を抱えながら、歳の離れたふたりの旅が始まった――


[感想]
 日本においては本篇のちょうど一週間前、クリント・イーストウッド監督の弟子とも言えるロバート・ロレンツ監督による『マークスマン(2021)』が公開された。本国ではもう少し間隔があったと思われるが、いずれにせよ、もう少し時間を空けて公開するべきだった気がしてならない。
 なにせ、簡単に粗筋を説明しようとすると、内容が似通って見えてしまう。
 実際には似て非なる内容なのだ。『マークスマン』は主人公たまたま出会った密入国の少年を麻薬組織から守り、アメリカを縦断してシカゴに向かう。対して本篇は、主人公が友人に頼まれて、友人の息子を誘拐同然に伴いアメリカ側へと連れ出す、という趣旨である。目的に絞れば、正反対、とも言える。
 ただし、見知らぬ少年と旅を共にして絆を深める、という、構造を抜き出せば、まるで同じ、とも言える。事実、立て続けに鑑賞してしまった私は、両者のシーンの記憶がしばしば混ざってしまい、粗筋を書くときにいささか往生した。配給会社が異なるためどうしようもなかったのかも知れないが、出来れば配慮は欲しかった。
 しかし、そもそもクリント・イーストウッドという映画人は昔から、似たような作品に携わっているように見えても、何らかの工夫やヒネリを欠かさなかった。本篇も、有り体のサスペンスタッチのロード・ムーヴィーにするのではなく、随所に一風変わった描写や展開を盛り込んでいる。
 メキシコから友人の息子を誘拐してくる、あっさりとと言う筋書きだけ抜き出すと、緊張感溢れる展開を期待してしまうが、成り行きはずっと悠長だ。イーストウッド演じるマイクは、友人ハワードの元妻レタとあっさり接触してしまうし、肝心の息子ラフォの居場所もこの母親の口から教わっている。そのあとでレタは部下たちをマイクに差し向けるが、肉迫するような部分も僅かで、サスペンスとしての醍醐味にも乏しい。そういう意味で言えば、『マークスマン』のほうが満足度は高いかも知れない。
 その代わり、映画としての味わいは間違いなく本篇のほうが上だ。走るトラックとメキシコの光景が作り出す美しい構図と、そのなかで繰り広げられる繊細で味わい深いやり取り。マイクとラフォの旅はいつしか、導入の状況から想像しにくい成り行きになっていくのだが、それも彼らの会話や、各所で遭遇するトラブルとの向き合い方からすると決して不自然ではない。むしろ、ある意味で意表をつくこの展開こそが本篇の勘所だろう。歳の離れた男ふたりのロード・ムーヴィーらしい心の交流、繊細な情感は織り込みながら、一見ユニークな展開へと自然に結びつけていく。劇中で“カウボーイ”という表現を用いられる主人公・マイクらしい西部劇のトーンを滲ませながら、イーストウッド自身含め、あまり描いてこなかった境地へと赴く、その特殊性、癖のある発想を採り上げるあたりは、まさにイーストウッドという映画人の本領だ。
 ただ、多くの観客にとって期待される展開でないことも間違いない。観終わって、「なんか違う」という感想を抱いてしまうのも当然のことだろう。しかし、90代に至ってなお、そんな挑戦心と、年齢に似合った練熟の表現、枯淡の境地が調和するところに、クリント・イーストウッドという映画人の面白さ、魅力がある。
 個人的には2000年前後の、一般的な観客にも感銘を与えるような作品をまた発表して欲しいところだが、たぶん今後もこのひとは観客の期待通りのものを撮ったりはしまい。本篇を観ると、そのことを改めて痛感する。終盤でマイクが見せる、ニヒルだが嬉しそうな笑顔は、もしかしたらこの癖のある映画人の象徴なのかも知れない。ラストまで観て初めて気づく、タイトルのひとを食った趣向にしても。


関連作品:
グラン・トリノ』/『運び屋
ブロンコ・ビリー』/『ダーティファイター/燃えよ鉄拳』/『センチメンタル・アドベンチャー』/『パーフェクト ワールド
アドレナリン:ハイ・ボルテージ
マークスマン(2021)』/『人生の特等席』/『この茫漠たる荒野で

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