原題:“Eric Crapton : Life in 12 Bars” / 監督:リリ・フィニー・ザナック / 脚本:スクーター・ワイントローブ、ラリー・イェレン / 製作:ジョン・バトセック、スクーター・ワイントローブ、ラリー・イェレン、リリ・フィニー・ザナック / 製作総指揮:ヴィニー・マルホートラ / 共同製作:ジョージ・チグネル / 編集:クリス・キング、ポール・モナハン / 音楽:グスターヴォ・サンタオラヤ / 出演:エリック・クラプトン、B.B.キング、ジョージ・ハリスン、パティ・ボイド、ジミ・ヘンドリックス、ロジャー・ウォーターズ、ボブ・ディラン、ザ・ビートルズ、ザ・ローリング・ストーンズ / ザナック・カンパニー/パッション・ピクチャーズ製作 / 配給:Pony Canyon × STAR CHANNEL MOVIES
2018年アメリカ作品 / 上映時間:2時間15分 / 日本語字幕:佐藤恵子 / PG12
2018年11月30日日本公開
公式サイト : http://ericclaptonmovie.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2018/12/4)
[粗筋]
イギリス・サリー州リプリーで生まれたエリック・クラプトンは、裕福に育てられたせいか、幼少時代はわがままだったという。
だが、9歳のとき、姉が実の母親であったことを知らされたことで、彼の人生は一変する。親だと思っていたのは、出て行った母に代わって面倒を見てくれた祖父母だった。
人間不信に陥ったエリックを慰めてくれたのは、子供向けの音楽番組だった。ジャンルを問わず様々な音楽を紹介するその番組を通し、エリックは黒人音楽に触れる。とりわけ魅せられたのは、ブルースだった。
やがてギターを買い与えられると、レコードをバックにひたすら弾きまくり、技術を高めていく。絵画の才能もあったためにアートスクールに進学したエリックだったが、そのあいだも彼はブルースに魅せられたままだった。
自然の成り行きで、エリックはバンドの一員としてステージに立つ。当時、注目を集めつつあったヤードバーズのギタリストとして抜擢されたことをきっかけに、エリックは音楽業界にその存在を知られるようになっていった。
しかし、地味なブルースが多くヒットに恵まれなかったヤードバーズは間もなくポップ路線に舵を切った。それが納得いかず、クラプトンは早々にヤードバーズを離れると、ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズに加入する。
だが、そこもエリックの安住の地ではなかった。ザ・ブルースブレイカーズのメンバーに知らさぬうちに、エリックは新たなバンドを結成するのだった――
[感想]
前々から、この人の人生は映画になるのではないか、と思っていた。だから、本篇の登場そのものは意外ではなかったのだが、しかし私が聞き及んでいた以上にドラマチックだった。
この時代の音楽に関心のあるひとならよく知っているのが、ビートルズのジョージ・ハリスンと親交があり、のちに彼の妻だった女性と結婚した、というエピソードと、あの名曲『Tears in Heaven』誕生に結びついた悲劇のふたつだろう。この2点について、当然のようにしっかりと言及されている。
映画の企画自体がエリック・クラプトン当人の発案によるものなので、そもそも彼を悪し様に描くことは出来なかっただろうが、しかしそれでも劇中ではかなり赤裸々に、そして観ている側にも納得できる心理的な流れを追っている。幼少時の破綻した家族関係や、純粋に音楽だけを追究してきた若い日の生活環境が、彼を有り体の恋愛に向かせなかった。
薬物依存からアルコール依存に進み、生活的にも音楽的にも荒廃していった彼が、ようやくその人生を立て直そうとしたときに現れた“天使”が、息子だった。前提となる女性遍歴は相変わらず滅茶苦茶だったが、そんな己を省み、軌道修正を図るうえで、このとき誕生した子供はいわば羅針盤だったのだろう。だからこそ、悲劇に遭遇したときの衝撃、失意は想像するにあまりある。
そうした失望、喪失感からエリック・クラプトンというひとを救ってくれたのが音楽だった、というのが、本篇は非常によく理解できる。初期の紆余曲折は、その音楽に対する拘りが彼を振り回し、やがては薬物やアルコールへの依存に走らせたのも事実だが、音楽という慰め、励ましがなければ、どこかで沈んでしまっていたかも知れない。
著名ミュージシャンを題材としたドキュメンタリーは多々あるが、本篇が少し変わっているのは、劇中の映像のほとんどがアーカイヴで成立していることだ。本人や近親者へのインタビューも、音声は使っているが映像は用いていない。しかもそのインタビューも、当時交流していたはずの数多の綺羅星の如きアーティストたちに新たに証言を求めることはせず、こちらも過去の記録から引用するに留めている。そうすることで、記録としては再現しづらい当事者の心情やプライヴェートの表情を再現しつつ、その音楽的功績についてはリアルタイムの雰囲気、印象を観客に体感させることに成功している。奥行きの豊かな語り口だ。
本篇を観ると、かなり波瀾万丈で、不運も無数に経験してきたひとだ、と感じる。しかし最後に本人の口で語られる心境は、その印象とは真逆だ。苦しみつつも、それを受け入れ、豊かな音楽に変えてきたひとだからこそ辿り着いた境地だった、というのが窺える。そして本人の心境を裏打ちするような場面を、貴重な記録から引用して物語は締めくくられる。確かに、これほど羨ましい一瞬もそうそうないし、そこまで辿り着いたエリック・クラプトンというひとは、しあわせなひとだ、というふうに感じる。
いい伝記映画は、観たあとにその人についてもっと深く知りたくなる。『ボヘミアン・ラプソディ』が新たなクイーン・ムーブメントを作り出したが、本篇も鑑賞後は確実に彼の名曲、とりわけ『Tears in Heaven』をじっくりと聴きたくなる。ファンにとってはその人生をより掘り下げて知るいいきっかけとなり、エリック・クラプトンについてよく知らないひとにとっても優れた入門篇となり得る作品である。
関連作品:
『シュガーマン 奇跡に愛された男』/『エヴリシング・オア・ナッシング:知られざる007誕生の物語』
『アマンドラ!希望の歌』/『ライトニング・イン・ア・ボトル ~ラジオシティ・ミュージック・ホール 奇蹟の一夜~』/『ピアノ・ブルース』/『メタリカ:真実の瞬間』/『ゲット・ラウド ジ・エッジ、ジミー・ペイジ、ジャック・ホワイト×ライフ×ギター』/『JACO<ジャコ>』/『ボヘミアン・ラプソディ』
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