『ROMA/ローマ』

シネスイッチ銀座、1階階段脇に掲示されたポスター。

原題:“Roma” / 監督、脚本&撮影:アルフォンソ・キュアロン / 製作:アルフォンソ・キュアロン、ガブリエラ・ロドリゲス、ニコラス・セリス / 製作総指揮:ジョナサン・キング、デヴィッド・リンド、ジェフ・スコール / プロダクション・デザイナー:エウヘニオ・カバイェーロ / 編集:アルフォンソ・キュアロン、アダム・ガフ / 衣装:アンナ・テラザス / キャスティング:ルイス・ロサレス / 出演:ヤリッツァ・アパリシオ、マリーナ・デ・タビラ、フェルナンド・グレディアガ、ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ、マルコ・グラフ、ダニエラ・デメサ、ディエゴ・コルティナ・アウトレイ、カルロス・ペラルタ、ナンシー・ガルシア、ヴェロニカ・ガルシア、ホセ・マヌエル・ゲレロ・メンドーサ、ラテン・ラヴァー / パーティシパント・メディア/エスペラント・フィルモ製作 / 配給:Netflix

2018年メキシコ、アメリカ合作 / 上映時間:2時間15分 / 日本語字幕:? / R15+

第91回アカデミー賞監督、外国語映画部門、撮影部門受賞(作品、オリジナル脚本、主演女優、助演女優、美術、録音、音響編集部門候補)作品

2018年12月14日全世界配信開始

2019年3月9日日本劇場公開

公式サイト : https://www.netflix.com/jp/title/80240715

シネスイッチ銀座にて初見(2019/4/11)



[粗筋]

 クレオ(ヤリッツァ・アパリシオ)は医師のアントニオ(フェルナンド・グレディアガ)と妻ソフィア(マリーナ・デ・タビラ)と3人の子供たちの暮らす家で、アデラ(ナンシー・ガルシア)と共に住み込みの家政婦として働いている。

 子供たちの送り迎えと家事全般、車庫と中庭で飼っている犬の世話と、同じようなことを繰り返すクレオだが、一方で雇い主の夫婦は近ごろ、関係が冷え込んでいた。学会のためにカナダのケベックへ出張する、と言って出かけたまま、アントニオが帰る気配はなかなかなかった。

 そんななか、クレオの身にも思わぬ変化が訪れる。ボーイフレンドのフェルミン(ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ)との行為のあと、長らく生理が途絶えていた。不安を抱きながら、映画館の暗がりで打ち明けると、フェルミンは「トイレに行ってくる」と告げて出て行ったまま、クレオの前から姿を消してしまった。

 ソフィアの助言でクレオ産婦人科にかかり、クレオの妊娠が証明される。未だにアントニオは帰らない家で、クレオは身重のまま働き続けるのだった……。

[感想]

 アルフォンソ・キュアロン監督の凄味は、撮影における実験性と、作品のテーマ性が合致していることにある、と思う。異様なまでの長回しで、破滅に赴く世界の様相をワンカットに盛り込んだ『トゥモロー・ワールド』、その趣向を援用し、緻密なCGと特撮技術を組み合わせて、宇宙空間をダイナミックに表現した『ゼロ・グラビティ』という直近2作はまさにその創造性の高さを証明している。

 続いて発表した最新作は、これらと比べると派手さはなく、技巧的にも穏当に映るが、しかしやはり趣向は徹底されている。監督自らが回したカメラはズームなどは用いず、多くは被写体に距離を置いて撮しているが、その制約された動きのなかで登場人物たちの日常を生々しく切り取っている。2階に部屋を持つ子供たちの様子と、その各部屋に回って洗濯物を集めたり片付けをしているクレオの姿を、カメラをゆっくりとパンさせて辿っていく。隣接する部屋で交わされる会話も直接見せるのでなく、たとえば広間から扉や壁越しに聞こえるかたちに描いているので、まさに同じ空間に身を置いているような感覚がある。

 BGMもモノローグもなく、説明台詞すらほとんどないので、序盤1時間ほどはなにを語ろうとしているのかいまいち解らず、多くの観客は退屈する可能性が高いように思う。ただ、自然な生活ぶりを捉え、決して風光明媚な場所を撮っているわけではないのに、そのヴィジュアルは不思議なほど美しい。複雑なセットを用いた『トゥモロー・ワールド』でも、複数の視覚効果を巧みに融合した『ゼロ・グラビティ』でも完璧な構図を作りあげてきたキュアロン監督の優れた美的感覚が横溢しており、映像的なクオリティの高さはこの序盤からでも実感できる。

 そして、その美的感覚がきちんとストーリーと融合する凄味もまた、終盤にて改めて証明される。横へのゆっくりとパンするカメラと、ストーリーのシンクロぶりは、そのヴィジュアル的な美しさに劣らず観客を惹きつける。粗筋に記したあとのくだり、フェルミンの行方を捜し出し訪ねていったクレオの挙措と、それに対するフェルミンの反応を見せる流れは、カメラを動かす速度がそのまま演技の巧みな間合いまで作っていて、いっそ圧倒される。それ以降も、構図のみならずカメラの動きが完璧なまでに計算されており、監督の緻密な計画ぶりに終始唸らされる。

 ほぼ日常を淡々と描いていく本篇は、登場人物が感情を荒立たせる場面は多くない。不和に陥るアントニオとソフィアの夫婦も、明確な諍いは画面の外で行われ、カメラの前で見せることはない――それは子供たちや家政婦の前でみっともない姿を見せたくない、という、常識のあるひとなら当然の配慮もあるのだが、そうして感情を抑えていることが、終盤で表出してくる強烈な感情に著しい説得力をもたらしている。クライマックス、ソフィアが子供たちに初めて真実を打ち明けるくだりの静かなやり取りも印象深いが、それを受けての海岸のシーンは観る者の心を確実に震わせるはずだ。

 1971年、メキシコシティで発生した事件をはじめ、移民や階級意識など、この時代のメキシコならではの社会的問題を細かに盛り込みながら、しかし物語の中心にいる人々の身に起きることは決して珍しいものではない。時代性と普遍性を、極めて完成されたヴィジュアルのなかで描きだした本篇は、間違いなくアルフォンソ・キュアロンという監督の真価が発揮された傑作である。

関連作品:

トゥモロー・ワールド』/『ゼロ・グラビティ

ゴスフォード・パーク』/『ヴァンダの部屋』/『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』/『別離』/『8月の家族たち

ラストキング・オブ・スコットランド』/『マン・オン・ワイヤー』/『死霊館

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