TOHOシネマズシャンテの入っているビル外壁にあしらわれた『ビバリウム』キーヴィジュアル。
原題:“Vivarium” / 監督:ロルカン・フィネガン / 脚本:ギャレット・シャンリー / 製作:ブレンダン・マッカーシー、ジョン・マクドネル / 撮影監督:マグレガー / プロダクション・デザイナー:フィリップ・マーフィー / 編集:トニー・クランストゥーン / 視覚効果監修:ピーター・ヨルト / 音響デザイン:ジャック・ピーダスン、クリスティアン・エイドネス・アナスン / 音楽:クリスティアン・エイドネス・アナスン / 出演:ジェシー・アイゼンバーグ、イモージェン・プーツ、ジョナサン・アリス、セナン・ジェニングス、アイナ・ハードウィック / ファンタスティック・ピクチャーズ製作 / 配給:PARCO
2019年アイルランド、ベルギー、デンマーク、カナダ合作 / 上映時間:1時間38分 / 日本語字幕:柏野文映 / R15+
2021年3月12日日本公開
公式サイト : https://vivarium.jp/
TOHOシネマズシャンテにて初見(2021/3/23)
[粗筋]
小学校の教師をしているジェマ(イモージェン・プーツ)は、恋人のトム(ジェシー・アイゼンバーグ)と暮らすための物件を探していた。
その日立ち寄った不動産屋の従業員マーティン(ジョナサン・アリス)は、やけに積極的に内見を薦めてきた。見るだけなら、とジェマたちは、マーティンの自動車に先導され、《ヨンダー》と名付けられた集落を訪れる。
そこは、ミント色の外壁で統一された家が建ち並ぶ、異様な一画だった。通された9号棟は内部も広々としており、家具にも不足はない。暮らしやすそうだが、しかしそれ以上に、案内をするマーティンの薄気味悪さがジェマたちには引っかかっていた。
ジェマたちが通された庭から屋内に戻ると、マーティンの姿がない。ジェマたちを先導していた不動産会社の社用車も消えていた。ジェマたちは構わず帰途に就いたが、何故か、いくら車を走らせても、ミント色の建物が続く。どちらの方角に向かおうと、違う角を曲がろうと、やがては9号棟の前に辿り着いた。やがて日もとっぷりと暮れ、車もガス欠になってしまった。疲れ果てたジェマとトムは、やむなく9号棟で夜を明かした。
翌る朝、トムは《ヨンダー》から抜け出す道を探るために、9号棟の屋根の上に登る。そこから見えるのは、果てなく続く、ミント色の建物の群れ――どれほど遠くを見渡しても、終わりはなかった。それでもふたりは、無数の庭を乗り越え太陽を目指すことで脱出を図るが、疲労困憊の末に辿り着いた灯りの点った家は、やはり9号棟だった。
一夜が明けると、玄関の前には箱が落ちており、中には食事の材料や日用品が詰まっている。望もうが望むまいが、ここで暮らすことを求められる状況に、トムは激昂した。届いた荷物の箱に火をつけ、9号棟を燃やすが、一夜明け、朝靄が消えると、そこには元通りの家が建っていた。
そればかりではなく、この日の朝も届けられていた箱の中には、男の子の赤ちゃんが入っていた。箱には、“育てれば解放される”というメッセージ。
しかし、《ヨンダー》という街と同様、この赤ん坊もまた常軌を逸した存在だった……
[感想]
すべてが緻密な取材に裏打ちされた、真実味のある映画もいいが、現実的な主題を徹底的に膨らませ、フィクションでしか描き得ない領域に脱した映画もまた刺激的だ。本篇はそんな、知的好奇心を刺激する創意に富んだ意欲作である。
とにかく序盤で提示されるシチュエーションの異様さがずば抜けている。あからさまに怪しげな不動産業者によって導かれる、どこまで行っても同じデザインの家が建ち並ぶ住宅街。案内人は突如として姿を消し、主人公たちは街から出られず、やむを得ずそこで一夜を過ごす。そして彼らの元に送り届けられる、見知らぬ赤子。
伏線の張り方が丁寧なので、慣れたひとならばこのあたりで、本篇が何をしようとしているのかは察しがつく。しかし、その前提の上に繰り広げられるシチュエーションも展開も緻密に練られていて、驚きとともに感銘を禁じ得ない。たとえば、急成長した子供がジェマやトムに見せる態度や行動にも明確な意味合いが感じられるのだ。少年の奇行がピンと来ない、という方は、プロローグ部分から振り返ってみていただきたい。
また注目すべきは、発想は終始独創的でも、こういう異常な事態に放り込まれたジェマとトムの反応にはリアリティが感じられる点だ。安易に状況を決めつけたりしない一方で、常識的な手段では抜け出せないことを悟ったふたりはそれぞれに異なる解決策を求め、心理的な溝を深めていく。あり得ない手段に活路を求めるトムの姿も、すべてを諦めた表情で子供の世話をするジェマの姿もリアルだ。
ただ惜しむらくは、“冒頭のインパクトが強すぎる”ということだろう。あまりに奇妙で強い印象をもたらす序盤に対し、中盤以降はそれを上回るインパクトがない。仕掛けがないわけではないし、新たな驚きも細かに鏤めて、高いテンションは維持しているが、あまりにスタートの着想が優れているがゆえに、尻すぼみ、という印象を受けるひともあるはずだ。また、物語としてしっかり着地はしているが、不明な点を多く残しているのも、気になるところかも知れない。
しかし、作品としての緩みはない。序盤のインパクトが凄まじいのは確かだが、中盤以降にも様々なアイディアが盛り込まれており、そのひとつひとつに意味を感じさせる。決して劇中で説明していなくとも、読み解いていけば一貫した意味が浮かび上がってくる、この知的快感は極上だ。
読みようによっては、主役となるカップルを操る趣向そのものに無駄が多い、と感じる。しかしそれもまた興味深いポイントなのだ。何故そういう手段を選んだのか、解らないことなどこの世に溢れている。私たちがそれを知らないのは、ただ幸運なだけなのかも知れない。
非常に作り物めいた世界観ながら、そこには私たちが現実に暮らしている世界のあからさますぎる象徴が潜んでいる。表現というものの面白さ、魅力を堪能させてくれる作品だと思う。
関連作品:
『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』/『フィルス』/『ゲティ家の身代金』
『CUBE』/『ソラリス(2002)』/『キャビン』/『プリデスティネーション』/『サバービコン 仮面を被った街』/『マローボーン家の掟』/『ドロステのはてで僕ら』/『ゴーストランドの惨劇』/『HELLO WORLD』
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