『私は確信する』

新宿武蔵野館、エレベーターホールに掲示された『私は確信する』ポスター。
新宿武蔵野館、エレベーターホールに掲示された『私は確信する』ポスター。

原題:“Une Intime Conviction” / 監督&脚本:アントワーヌ・ランボー / 脚色:アントワーヌ・ランボー、イザベル・ラザード / 原案:アントワーヌ・ランボー、カリム・ドリディ / 製作:キャロリーヌ・アドリアン / 製作指揮:ステファン・ブシャー / 撮影監督:ピエール・コトロー / プロダクション・デザイナー:ニコラ・ド・ボワスキュイレ / 編集:ジャン=バプティスト・ボーワン / 衣装:イザベル・パネティエ / キャスティング:リチャード・ロッソー / 音響:フレッド・メール、アレック・グース / 音楽:グレゴワー・オージュ / 出演:マリーナ・フォイス、オリヴィエ・グルメ、ローマン・リュカ、ジャン・ベンギーギ、フランソワ・フェネール、フランソワ・カロン、フィリップ・ドルモワ、ジャン=クロード・ルゲー、フィリップ・ウシャン、アルマンド・ブーランジェ、スティーヴ・ティアンチュー、レオ・ラバートランディ、ローラン・シリング、ロジェ・ソーザ、インディア・ヘア / 配給:Cetera International
2018年フランス作品 / 上映時間:1時間50分 / 日本語字幕:丸山垂穂 / 字幕監修:島岡まな
2021年2月12日日本公開
公式サイト : http://www.cetera.co.jp/kakushin/
新宿武蔵野館にて初見(2021/2/25)


[粗筋]
 2000年2月27日、ダンス教師のスザンヌ・ヴィギエが3人の子供を残して忽然と姿を消した。前日の口論や、数々の目撃証言をもとに、警察は夫のジャック・ヴィギエ(ローラン・リュカ)を逮捕する。だが裁判で陪審員は証拠不十分として無罪の結論に至り、ジャックは釈放される。
 だが、検察はジャックの告発を諦めていなかった。それから8年後、ジャックは再び告訴され、判決は第二審までもつれ込む。
 スザンヌとジャックの娘クレマンス(アルマンド・ブーランジェ)が家庭教師を務めるフェリクス(レオ・ラバートランディ)の母親であり、シェフとして働くノラ(マリーナ・フォイス)は、ジャックの無罪を勝ち取るために集めた資料を携え、デュポン=モレッティ弁護士(オリヴィエ・グルメ)を訪ねた。未だにジャックを有罪と目する世論が大勢を占めるなか、これまでに幾つもの裁判で無罪を勝ち取ってきたデュポン=モレッティ弁護士の力が必要と考えたのである。
 最初、デュポン=モレッティ弁護士はノラの依頼を固辞するが、彼女の持ち込んだ資料の詳細ぶりに感銘を受け、弁護を引き受ける。その代わりに、第二審を担当するリキアルディ裁判官(フランソワ・フェネール)経由で入手した、事件の関係者の通話を記録した250時間に及ぶ録音データの要約をノラに託した。
 シングルマザーであるノラは、キッチンでの仕事、自宅での育児と並行して、毎回のように裁判を傍聴し、その都度、録音データの要約をデュポン=モレッティ弁護士に提出する。もともとジャックの無罪を信じていたノラだったが、膨大な通話記録を検証するうちに、ある可能性に光明を見出していく――


新宿武蔵野館のロビーに展示された、『私は確信する』イメージアート。
新宿武蔵野館のロビーに展示された、『私は確信する』イメージアート。


[感想]
 本篇はフランスで実際に起きた事件をもとにしているが、そこにノラという、この作品の実質的な主人公にあたる人物は存在しなかったらしい。人物像のモデルはいるが、境遇や、実際に携わった部分はまるで異なるという。
 しかし、この裁判において重要な役割を果たした250時間に及ぶ通話記録を精査する、という役割を担った人物として彼女を用意したことが、事件の全容を解りやすく整理し、その主題も明快にしている。実に優れた脚色だと思う。
 決してサプライズを売りにした作品ではないものの、それでもきちんと物語の中で事態の推移を見届けていただくのがいちばん伝わるはずだから、本当の主題については伏せておきたい。しかし、本篇のこうしたノラという人物像の構築と、物語としての構成はスタッフと、恐らくはモデルとなった実在の弁護士が訴えたい主題へと、巧みに導いていく。
 本篇の決着は、観客の求めるものをすべて与えてくれるものではない。その点に大いに不満を抱く向きもあるだろうが、しかしそこで本篇を否定する前に、クライマックスにおける弁護士の最終弁論によく耳を傾けていただきたい。本篇のテーマはほぼそのなかに詰めこまれている。
 作りや、事件を巡る世論の展開に違いはあれど、本篇は昨年末に配信にて全世界に公開された『アメリカン・マーダー:一家殺害事件の実録』と一脈相通ずるものがある、と私は考える。事件の起きた家族の構成や環境に似通った部分があるのは無論、事態を狂わせていった要素が、本質的に繋がっているのだ。興味がおありの方は、双方をご覧になって比較してみていただきたい。
 その上で驚くべきは、基本的に裁判、それも第二審の期間に絞って描いているにも拘わらず、スリルとスピード感があり、物語としての牽引力に富んでいることだ。オーソドックスに裁判を描いてしまうと、法廷の中で専門用語を交えたやり取りが続き、入れ替わり立ち替わり証人が現れても、事実の羅列が中心となってしまうため、緩慢になったり平板になったりしてしまう。しかし本篇は、裁判そのものには傍聴人のひとりとして参加することしか出来ないノラを視点人物とし、直接的に主張できない立場であるからこその焦燥感、そして通話記録の精査、というかたちで真実“らしきもの”に迫っているからこその衝撃や昂揚を小刻みに加え、展開にうねりを作り出す。シングルマザーでありながら、被告を救おうと奔走しているのだが、それゆえに発生するトラブルや軋轢もまた、作品に紆余曲折をもたらしながら、クライマックスにおける弁護士の弁舌に一刀両断される“真実”を補強する。
 この事件が本篇で描かれるような事態に発展した背景には、フランスでの法改正が影響しているようだが、その点を深く意識する必要はない。そうした背景はあれど、本篇が射抜こうとした主題は、法治国家ならば多かれ少なかれ等しく抱え込んでいるジレンマだ。そんな普遍的なテーマを、実際の事件とその裁判をベースに、エンタテインメントとしてまとめ上げている。洗練されつつも強かな作りに唸らされる、優れた法廷ドラマである。


関連作品:
最強のふたり』/『燃ゆる女の肖像
タブロイド』/『チェンジリング』/『白ゆき姫殺人事件』/『ゴーン・ガール』/『コリーニ事件』/『テッド・バンディ』/『アメリカン・マーダー:一家殺害事件の実録』/『シカゴ7裁判

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