白い僧院の殺人

白い僧院の殺人 『白い僧院の殺人』

カーター・ディクスン/厚木 淳[訳]

Carter Dickson“The White Priory Murders”/translated by Jun Atsugi

判型:文庫判

レーベル:創元推理文庫
版元:東京創元社

発行:1977年10月20日(2003年03月07日付17刷)

isbn:4488119034

本体価格:680円

商品ページ:[bk1amazon]

 ハリウッド女優のマーシャ・テートが、かつて自分を蔑ろにした演劇界への意趣返しのためにロンドンでの舞台公演を計画した。アメリカでの撮影を抜け出し、興行師を鼻であしらって自主興行に挑むという挑発的な態度は方々で騒ぎを巻き起こし、マーシャのもとに送られた毒入りチョコレートを宣伝係のティム・エマリーが食べて中毒を起こすという非常事態にまで発展した。外交官でマーシャの関係者たちと交友のあるジェームズ・ベネットは請われるかたちでマーシャの滞在する屋敷を訪れる。だが時既に遅く、マーシャは何者かの手によって殺害されていた。マーシャが起居し、また屍体となって発見されたのは、舞台の脚本を手がけた人物でもあり歴史学者でもあるモーリス・ブーンの所有する屋敷“白い僧院”の離れに当たる通称“王妃の鏡”。発見時、“王妃の鏡”の周辺は前夜に降り積もった雪に囲まれ、そのうえに残された足跡は早朝、屍体を発見した人物のものだけ――この不可解な事件を、関係者たちはそれぞれの推理で解き明かそうとする。やがて捜査の舞台上に現れたジェームズ・ベネットの伯父であり『黒死荘の殺人』(『プレーグ・コートの殺人』)を解き明かした功績によっても知られるヘンリ・メリヴェル卿は、如何にしてこの謎に幕を下ろすのか……?

 H・Mの略称でも知られるカー第二の名探偵が登場する二番目の長篇であり、かの江戸川乱歩が激賞したという作品である。

 カー初期作品の例に漏れず、事件の背景が非常に込み入っているが、本編の場合表面的な展開もかなり複雑怪奇になっている。かなり早い段階で事件が発生し、密室殺人としか呼びようのない状況が明らかとなる。視点人物となるベネットやマスターズら捜査陣が困惑するなか、関係者のひとりが各種の証言から明確な推理を披露する。だがすぐさま発覚した事実によりあっさりとその推論は覆され、今度はまた別の人物が異なる犯人を指し示す――といった具合に事態が一転二転する。後年の作品のような笑劇じみたやり取りはないが、物語にスピード感がある。

 反面、やや文章の整理が悪く、いつにも増して回りくどい表現が多いように感じられるのが難だ。プロットそのものの回転が速いために相殺されているが、普段から翻訳小説に馴染んでいる人でないと早い段階で躓いてしまうかも知れない。

 しかし初期作品のほとんどがそうであるように、真相が解き明かされる際のカタルシスは強烈で、この結末に触れた瞬間それまで仮に読むのに苦労したという想いがあったとしても吹き飛んでしまうのは間違いないだろう。あからさまなまでに提示された伏線を丁寧に拾い集め、多くの人物の意思と企みとが錯綜した事件を再配置していくさまは感動的ですらある。

 メイントリックそのものは今となっては古めかしい印象が強いが、あくまで今となっては、である。極めて単純な着想を徹底的に活かし、ここまで複雑極まる事件に仕立て上げたうえでなおかつ平明に解き明かす手管はやはりさすがとしか言いようがない。トリックメーカーであると同時にそれを活かす術を知った名匠の、間違いなく最も優れた職人仕事のひとつである。

コメント

  1. ayalist より:

    初めまして。毎日楽しみに拝読しております。綾辻さんの『殺人方程式』、今回出たのは光文社ではなく講談社文庫ですね。解説は乾くるみさんですか、へえ〜。明日書店で購入予定です。

  2. tuckf より:

    初めまして。……書いているときはちゃんと認識していたのに手が思考を裏切った模様。早速訂正いたしました。ご指摘ありがとうございます。

  3. kazume_n より:

    スパーロック氏とアレックス嬢のその後ですが、アレックス嬢が考えた「解毒メニュー」で健康を取り戻したそうですので、仲良くやってるんじゃないでしょうか。
    関連ニュースはこちら。↓
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041225-00000014-eiga-ent

  4. tuckf より:

    あ、いやいや、解毒メニューで体調も体型もほぼ回復したことは本編のなかで触れてますし、プログラムには問題のメニューのレシピもちゃんと載ってます。婚約した、というのがわりかし最近のニュースだったんですが、製作からかなり経っててやっと婚約というのにちょっと意味深なものを感じたもので……穿ちすぎでしょうか。

  5. kazume_n より:

    ああそうでしたか、失礼。しかしそのプログラム掲載のレシピはちょっと見てみたいですね。なんかやたら凝りまくってるみたいで、名前から実体がすぐ想像できないもので。(ポタージュはともかくとして「湯葉のカネロニ仕立て」なんて何物?)
    もしかすると、監督が抵抗なく日常で食べられるヘルシーメニューが開発されるのに掛かった期間、とか。

  6. tuckf より:

    プログラムに載っているレシピはわりと名前と内容が解りやすく繋がるものがほとんどでした。その「湯葉のカネロニ仕立て」というのは見当たらない……
    ちなみにアレックス嬢は実験開始の直前、“最後の晩餐”として既にのちの解毒メニューにも近い料理を出していましたし、作中でも既にレシピを用意していたようです。けっこう周到。

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