『刺さった男』

ヒューマントラストシネマ渋谷、シアター3前に展示された、アレックス・デ・ラ・イグレシア監督とカロリーナ・バングのサイン入りポスター。 刺さった男 Blu-ray

原題:“La Chispa de la Vida” / 監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア / 脚本:ランディ・フェルドマン / 製作:アンドレス・ヴィセンテ・ゴメス、シモ・ペレス / 撮影監督:キコ・デ・ラ・リカ / 編集:パブロ・フランコ / 音楽:ジョアン・ハレント / 出演:ホセ・モタ、サルマ・ハエックブランカポルティージョ、フアン・ルイスガリアルド、フェルナンド・テヘロ、マヌエル・タリャフェ、サンティアゴ・セグーラ、アントニオ・ガリード、カロリーナ・バング、ホアキン・クリメント / 配給&映像ソフト発売元:松竹メディア事業部

2012年スペイン作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:安田千鶴

2014年11月22日日本公開

2015年4月2日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazonBlu-ray Discamazon]

公式サイト : http://www.shochiku.co.jp/iglesia/

ヒューマントラストシネマ渋谷にて初見(2014/11/29)



[粗筋]

 ロベルト(ホセ・モタ)はどん底だった。“人生のきらめき”というコピーが高い評価を得て広告業界で活躍したのも昔の話、近年はフリーで仕事を得ていたが、近年の不景気の影響もあってすっかり干された状態となっている。2年前から就職先を探しているが、どこからも色好い返事は返ってこなかった。

 最後の望みをかけて、“人生のきらめき”のコピーを共同で開発した友人が経営する会社を訪ねたが、終始見下された態度を取られ、絶望を新たにする。

 腹立ち紛れにロベルトは、その脚でローマへと向かった。愛妻ルイサ(サルマ・ハエック)とハネムーンを過ごしたホテル・パライソを訪れ、妻を驚かせるつもりだったが、そこにホテルはなかった。地下から大規模な遺跡が発見され、その上に博物館が建てられている最中だった。

 折しもマスコミ向けの内覧会が催されているところで、成り行きで中に入り込んでしまったロベルトは、警備員に見咎められ、うっかり足場から転落する。

 手足は動くが、頭はどうしても動かない――それもそのはず、彼の後頭部には、剥き出しになっていた鉄骨の一部が突き刺さっていた。

 警備の責任者クラウディオ(マヌエル・タリャフェ)はすぐさま館長に通告するが、内覧会に大挙していたマスコミもすぐにこの事実を嗅ぎつけた。

 そして、ロベルトを中心に、想像を絶する大騒動が始まったのだった……。

[感想]

 おおまかにジャンル分けをすればコメディになるだろうが、安易な括りでは片付けられない面白さが本篇にはある。

 コメディとは言い条、爆笑するような部分はない。随所で思わず噴き出してしまったり、ニヤリとしそうなポイントがちりばめられているだけだ。しかし、その笑いの引き出し方は実にブラックで強烈な印象を残す。

 序盤、主人公であるロベルトは少し過剰なくらいに冷遇されている。作中で語られるように、“不景気”という背景があるにしても、客の目につくところで遊びほうけているのに「手が離せない」という言い訳を伝えて平然としていたり、屋内で清掃中に水をかけて謝罪する人間がいない、といったシチュエーションはさすがにコント的すぎる。

 しかし、そうした序盤の過剰なまでに軽んじられた描写があるからこそ、事件が起きて以降の反応の極端さにも説得力が生まれる。冷静に考えれば、生命の危機に瀕した人物を前に、あそこまで無神経な振る舞いが出来るか、という疑問は普通に湧くところだが、序盤のコントじみた悲惨な扱いが前提としてあるために、この極端な反応も宜なるかな、と思える。

 極端ではあるが、しかし本篇における周辺の反応は、似たようなことが起きれば同様の事態に陥っても不思議ではないリアリティがある。事故が重要な遺跡を目玉にオープンする博物館の建設現場で起きてしまったがゆえに、現場の関係者のあいだで複雑に絡み合う思惑。救助することも重要としながらも、責任を押しつけあったり、事故なのか自殺なのか、という点で判断が左右されたりする。他方で、人生の崖っぷちに追い込まれていたロベルト自身も、集まってきたマスコミを利用し、どん底の状況からの一発逆転を目論んで、旧知の宣伝マンに連絡を取る。それによって、広告収入を獲得するべく暗躍し、あまつさえ“話題性”のためにロベルトの死を積極的に望む人々まで物語に絡むようになる。多分に戯画化されているが、こうした衆目を集めた事件における世間のありがちな反応を凝縮したような描写は、笑うに笑えない、歪な滑稽さを浮き彫りにしている。

 えげつないユーモアで彩りつつも、しかしまったく動けない主人公を軸に、如何にして彼を助けるか、というプロセスには、サスペンスの趣があって、語り口に勢いがある。救助したい、という想いと、この出来事に保身や金儲けを賭ける者の思惑とが交錯し、どちらに転ぶか解らないスリルが続く。そんな中で、何故か家族と同様に接しようとする警備員や、無神経な宣伝マンの行動が細かなくすぐりを加えて展開にリズムをもたらしている。

 当人でさえ命を軽んじているかのような物語は随所で笑いを誘われつつも慄然とするが、そんななかで終始ロベルトを思いやる妻ルイサの存在が救いであるとともに、やもすると見過ごしがちな本篇の悲劇性をギリギリのところで意識させる。彼女が不在だったなら、本篇はとことん醜悪な展開を繰り返していただろう。

 大まかに括ればブラック・コメディだが、シンプルな笑いの要素をちりばめ、サスペンスの要素も込められている。舞台であるスペインに留まらない風刺性も強烈だが、そこから噴出するドラマの重みも確かだ。本篇を手懸けたアレックス・デ・ラ・イグレシア監督はスペインで高く評価され、日本では劇場公開作は決して多くないながらも根強いファンがついていた、知る人ぞ知る存在であったが、なるほど納得の手腕である。

関連作品:

野蛮なやつら/SAVAGES』/『ヘルボーイ

フォーン・ブース』/『127時間』/『オデッセイ

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