『ようこそ映画音響の世界へ』

新宿シネマカリテのある地下入口扉に掲示された『ようこそ映画音響の世界へ』ポスター。
新宿シネマカリテのある地下入口扉に掲示された『ようこそ映画音響の世界へ』ポスター。

原題:“Making Waves : The Art of Cinematic Sound” / 監督:ミッジ・コスティン / 脚本:ボベット・バスター / 製作:ボベット・バスター、ミッジ・コスティン、カレン・ジョンソン / 製作総指揮:カーラ・ブリューウィングトン、ローアン・コスティン、ジョット・ターナー、マリエット・ターナー / 撮影監督:サンドラ・チャンドラー / 編集:デヴィッド・J・ターナー / 音楽:アリソン・ニューマン / 出演:ウォルター・マーチ、ベン・バート、ゲイリー・ライドストローム、ジョージ・ルーカス、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・リンチ、ソフィア・コッポラ、バーブラ・ストライサンド、ロバート・レッドフォード、アン・リー、ピーター・ウィアー、アンドリュー・スタントン、ジョン・ラセター、アルフォンソ・キュアロン、ハンス・ジマー、ルートヴィッヒ・ヨーランソン / 配給:Unplugged
2019年アメリカ作品 / 上映時間:1時間34分 / 日本語字幕:?
2020年8月28日日本公開
公式サイト : http://eigaonkyo.com/
新宿シネマカリテにて初見(2020/09/05)


[粗筋]
 人間がこの世に生を受けたとき、最初に認識する感覚は“音”だと言われている。母親の拍動、血管を血が通う音、ガレージで父親が呼びかける声。映画音響とは、映像と共に映画を支えるこの大切な“刺激”を形にするものだ。
 最初、映画には音がなかった。トーマス・エジソンが映画に音をつけることを思いつくが、蓄音機とフィルムを同期させることは困難を極め、なかなか実現には至らなかった。
 しかし1927年、遂に初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』が公開されると、一気にこの技術は普及した。音響が加わることで、よりリアリティを増した映画の世界が、大衆を熱狂させた。
 最初はマイクの性能など制約も多く、音響作りの苦労は多かったが、やがて様々な才能が、この音響という技術の可能性を広げていった。
 オーソン・ウェルズはまず、ラジオドラマの分野でこの音響の可能性を拓いていく。本当に未知の存在が襲来した、と錯覚してパニックを引き起こした伝説の名作『宇宙戦争』を経て、映画『市民ケーン』に着手したウェルズは、ラジオドラマで培った技術を投入、反響などを駆使して音による立体感、臨場感の演出を成し遂げる。
 だがそれでも長いこと、スタジオの幹部たちは音響の重要性を理解しなかった。音響はスタジオでそれぞれ所持する効果音を当てはめていくだけの画一的な作り方が主流となり、それと軌を一にするかのように映画は衰退の一途を辿っていく。
 変化をもたらしたのはやはり、新たな才能たちであった。フランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカス、そして彼らの作品を支えることになる音響デザイナーのウォルター・マーチが、音響と映像編集との壁を取り払うべく《アメリカン・ゾエトロープ》社を設立する。その実験的な試みの第一歩である『THX-1138』は、だが商業的に大失敗となり、会社は倒産の危機に陥る。
 しかし、続いてコッポラが手懸けた『ゴッドファーザー』が事態を一気にひっくり返した。まだまだ映画音響に対する侮りはスタジオの中にはびこっていたが、この作品の成功が、多くの後継者を輩出することに繋がっていく――


新宿シネマカリテのスクリーン2入口脇に掲示された、映画誌などの『ようこそ映画音響の世界へ』レビュー記事。
新宿シネマカリテのスクリーン2入口脇に掲示された、映画誌などの『ようこそ映画音響の世界へ』レビュー記事。


[感想]
 近年こそ、ドルビーの貢献やIMAXの普及、通常よりも大きな音と繊細な調整でより音響を克明に再現しようとする上映イベントが実施されるなど、音響のクオリティに着目する例が増えてきたが、そうして音響というものの価値が認められるまでには、想像するより時間を要したようだ。
 本篇は、映画にとって重要でありながら、認知されるまでに時間を費やした“音響”という技術の誕生と変遷を、往年の名作映画やその撮影風景を引用しつつ、当事者の証言をもとに綴ったドキュメンタリーである。
 監督自身がもともと音響スタッフであり、後進の育成にも携わっている、という経歴ゆえだろう、本篇の語り口は実に解りやすい。恐らく意識的に専門用語を抑え、一般的な観客でも伝わりやすいよう、整理して映画音響の歴史を語り、その文脈のなかで、実際のスタッフたちの功績を語る。彼らがもたらした“変革”が如何に大きかったか、本篇ひとつで充分すぎるほど実感できる。
 それにしても、この作品を観てまず思うのは、映画界において“巨匠”と呼ばれるひとびとは、やはり音響の観点から考えても“巨匠”だった、という点だ。オーソン・ウェルズはラジオドラマで音響の技術を研鑽し、それを自身の映画『市民ケーン』で活用した。アルフレッド・ヒッチコックもまたサスペンスにおける音響の重要性を理解していたし、その後一時代を築くフランシス・フォード・コッポラ、ジョージ・ルーカス、そしてスティーヴン・スピルバーグというラインもまた、その時期に現れた新技術を積極的に導入、映画表現の発展に寄与したことが窺える。
 この映画の中では多くの音響スタッフが当事者として証言しているが、なかでも『ゴッドファーザー』で音響の可能性を広げたウォルター・マーチ、『スター・ウォーズ』で誰も見たことのないSF世界を、実在する音を組み合わせて構築したベン・バート、そして3Dアニメーションに音響スタッフとして参加しデジタル環境での音響作りを構築したゲイリー・ライドストロームの3名に対して敬意を捧げている。
 確かに、技術革新そのものや各時代の巨匠達の着眼が映画音響を変えていったのも事実だろう。しかし本篇ではそれ以上に、実際に専門家として携わるひとびとの存在意義を観客に知らしめたかったのではないか、という気がする。前述した3名がとりわけ革新的だったのは当然として、本篇では彼ら以外のスタッフからも、現場における様々なエピソードを抽出している。そこには、あまり陽の当たらない分野でありながらも、独自の発想、想像力でもって可能性を開拓し、表現を豊かにしていった自負が覗く。
 採り上げられているエピソードのなかで、個人的に特に印象深かったのは『トップガン』の音響スタッフの話だ。実際の戦闘機のジェット音を録音しに行ったものの、物足りずにある工夫によって迫力を加えた、というのも興味深いが、もうひとつ添えられた出来事が強烈だ。音響スタッフ、という“縁の下の力持ち”に対するスタジオの侮りが明白であると共に、それをものの見事に打破した経緯が痛快なのである。詳しいことは映画を御覧になって確かめて頂きたいが、こんなにも象徴的なエピソードはなかなかない。
 本篇は終盤で改めて、現代の映画における音響の作り方を綴ったあとで、この仕事に就くひとびとが抱く自負に言及する。本篇の監督自身もそうだが、音響のスタッフには女性が多い。まだまだ男社会の側面が拭いきれない映画業界において、女性が確かな地位を確立した領域である、というのも、監督の目線で言えば誇るべき一面なのではなかろうか――あくまでそういう風に見えるように切り取った、と穿った見方をすることも可能だが、少なくとも劇中で語られたエピソードにも、そこに籠められた誇りにも嘘はないだろう。
 観たあとで、言及されている作品群に改めて触れてみたくなる、音響の意義と魅力とが極めて明瞭に実感できる1篇である。きっと本篇のあとに鑑賞すれば、往年の名作群がより面白くなり、新作を観るうえでも新しい目線をもたらしてくれるはずだ。


関連作品:
スター・ウォーズ episode III/シスの復讐』/『ワンダーウーマン』/『2001年宇宙の旅』/『風と共に去りぬ』/『トップガン』/『アルゴ』/『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』/『リバー・ランズ・スルー・イット』/『プライベート・ライアン』/『エレファント・マン 4K修復版』/『イレイザーヘッド』/『ゴッドファーザー』/『地獄の黙示録 劇場公開版<デジタルリマスター>』/『インセプション』/『JAWS/ジョーズ』/『ロスト・イン・トランスレーション』/『ブロークバック・マウンテン』/『ダークナイト ライジング』/『アラビアのロレンス』/『ROMA/ローマ』/『マトリックス』/『

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