眉山

眉山 眉山(びざん)

さだまさし

判型:四六判ハード

版元:幻冬舎

発行:2004年12月31日

isbn:4344007271

本体価格:1333円

商品ページ:[bk1amazon]

精霊流し』『解夏』に続く、書き下ろし小説第三作にして初の長篇。

“神田のお龍”とふたつ名の付いた母の余命は、秋まで。東京の旅行代理店に勤めていた咲子は医師から伝えられたその話に呆然とする。生まれ育った下町を離れ、道ならぬ恋の果てに授かったひとり娘の咲子を抱えて徳島に移り住んだ母・龍子は、その気っ風の良さと度胸を武器に夜の街で生き抜き、多くの人に愛される存在となっていた。反対に穏やかな気性に育った咲子は引け目を感じており、龍子がパーキンソン病を患った途端に潔く、長年盛り立ててきた店を閉めてケアハウスへの入居を決めてしまったときも、置き去りにされたような心地を覚えた。

 周囲の人々の暖かな協力もあって、最後の数ヶ月を母と共に過ごす決意を固めた咲子だったが、ちょっとした事件のあとで親しくなった医師・寺澤大介からまたしても思いがけない事実を知らされる。龍子は死後、自分の遺体を医学実習生のために提供する“献体”の名簿に登録していたのだ――母はどんな想いで自らの肉体を提供する意を定めたのか、そして咲子がいまだ見知らぬ父に対する想いはいかなるものだったのか……心をぞめかせる阿波踊りの響きと共に、時は積み重なってゆく……

 そもそも著者の書く詩は物語性が豊かで、短いなかに様々な人間性や人と人との繋がりを描くことに巧みだった。かなり最初の頃からライナーノーツやファンクラブ会報で手すさびのように小説を発表していたが、こうして書籍の形で発表するようになってからその技倆は更に増しているように感じる。

 本編は咲子という、ごく平均的な感性を備えた女性の目を通して、龍子という女性の死を間近に控えた数ヶ月からその人生を描き出している。この龍子という女性、ギリギリまで娘である咲子にもその考えの先々が見通せない実に懐の大きな人物で、単純にエピソードを連ねていくと「まさか」と疑いかねないぐらいなのだが、そこを過去と現在とを咲子との直接、或いは龍子を慕い関わってきた人々を経て間接、様々なスタンスからの龍子像を織り交ぜて、謎解きのようにひとつひとつほぐすように描いていくことでゆるやかに受け入れさせていく。

 誰かの人生の終わりにその想いの深さと大きさとを知る、というのはパターンではあるが、本編では周辺を緻密に作りつつもあくまで咲子との関係に絞って描写しているので、のめりこんでいく感覚が途中で散らされることはないし、惹きこむ力も非常に強い。通底音として響き渡る、“日本でも数少ない寺社仏閣と関わりのない純粋な祭り”である阿波踊りの音色が、その陽気さのなかに深い情感を齎している。

 感動的なのだが、それは「死」という強烈だが単純なファクターに依存しているわけではなく、その目前にあって最後まで背筋を伸ばして生きようとする姿勢と、多くを語ることなくそれを実践していく母を見届ける娘や周囲の人物の真摯な眼差しがあってこそだ。小説ではあるのだが、その描き方はこれまで著者が手がけたどの作品よりも“詩”を感じさせる。そして、最後の最後で明かされる母の選択の真意に、彼女とは直前まで関わりのなかったある人物の手記を重ねる格好で締めくくられるラストの余韻の嫋々たることといったら。

 個人的には、この人は“泣かせ”でなくても書けるのでは、と信じているのでこういう路線に凝り固まってしまうのは少々勿体なく感じられるのだけど、それでもいい作品であることは否定できません。密かに計算された構成とも相俟って、これまでの小説三作品ではいちばんのクオリティである、と断じます。演舞場のくだりなんか、本当に泣きそうだったぞこちとら。

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