『第三の銃弾 [完全版]』
カーター・ディクスン/田口俊樹[訳] Carter Dickson“The Third Bullet”/translated by Toshiki Taguchi 判型:文庫判 レーベル:ハヤカワ文庫HM 発行:2001年9月15日 isbn:4150704112 本体価格:560円 |
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発端は約一年半前、ゲイブリエル・ホワイトという若者に温情派で知られたチャールズ・モートレイク判事が下した厳刑の判決だった。不可解に残忍な犯行に出たホワイトだが、一方ではこれといった前科はなく、収容中も模範囚で通し刑期を六分の一軽減させて出所した。しかし、にも拘わらずホワイトは出所したその後に銃を買い求め、モートレイク判事の娘アイダは父が狙われている旨の通報をロンドン警視庁に伝えた。部下と共に現場に駆けつけたジョン・ペイジ警部だったが、彼らが判事のいる離れに辿り着こうというまさにその瞬間、銃声が鳴り響いた――室内には茫然自失となったホワイトの姿。一見単純極まりない事件であったが、しかし現場に残されていた二丁の拳銃と、死者に残されたいずれとも一致しない弾痕とが、事態を混乱させる。退屈を嘆いていたロンドン警視庁警視監マーキス大佐は如何にしてこの謎を解く……?
当時としては特殊な薄く安価で発売された作品であり、不幸な成り行きから闇に葬られ、また世間的にはフレデリック・ダネイによって削られた簡略版のみが流布していた作品の、初の完全版訳出である。 薄手ではあるが最も脂の乗っていた時期に発表されただけあって、『第三の棺』ほどではないが入り組み、それでいて見事なカタルシスが待ち受ける良品といっていい。 このサイズにしては随分と沢山の登場人物が現れるが、しかしバランスが取れているので把握しやすい。まず主な視点人物となる、不可解な事件に遭遇したがために頭を悩ませる刑事に、その上司にしてユーモアに長けた知恵者と、その舌鋒に唯一対抗する刑事弁護士。被害者の娘ふたりは個性が対照的なのでキャラクターを掴みやすいし、その他のキャラクターも類型的なところから微妙に逸脱して印象を残す。 甚だ複雑に謎の絡みあう事件だが、新事実の提示が順序立てて行われるので、いったい何が奇妙であるのかは解りやすい一方で真相は終盤近くまで五里霧中のままとなり、解決編近くまで牽引力を失わない。ほかの長篇と比べて舞台が少ない(何せ判事の館はそれなりの規模だと思われるが、実質上離れしか描かれていない)のが物足りないが、寧ろ読みながらそのことをあまり意識させない紆余曲折ぶりが強烈だ。 入り組んだ事件だけに漫然と読んでいると謎解きの意味が充分把握できない恐れもあるが、しかし決着に至る道行き自体は明快なので、犯人の顔と名前はまざまざと目に浮かぶ。謎解きのあとには感情の機微に触れるような描写もあり、鮮烈な余韻を残す。 尺からすると意外なほどに濃密で、しかし程良いヴォリューム感とカタルシスが味わえる作品である。サイズも価格も手ごろなので、カー作品を読んでみたいけどいきなり代表作クラスから手を出すのはなんとなく癪、というひねくれた方にお薦めしておきたい。 ところで私、ずっと前から『妖魔の森の家』に収録された形で流布していた簡約版に触れることなくまず本書から読んでしまったのですが……巻末に添えられた森英俊氏の解説を読んでほのか〜に後悔してます。どうせなら、省略されたものを読んでいったん違和感を抱えてから、本書で解消したほうが良かったかも……。 まあ、今の読書ペースですと、『妖魔の森の家』を読む頃には本編の記憶などあらかた消えているでしょうけど。 |
コメント
さあ、深川さんも素晴らしき和みの世界に目覚めてください。毎月のお賽銭は5千円よ(´ー`)