ハードボイルド

ハードボイルド 『ハードボイルド』

原籙

判型:文庫判

レーベル:ハヤカワ文庫JA

版元:早川書房

発行:2005年4月30日

isbn:4150307946

本体価格:600円

商品ページ:[bk1amazon]

 昨年末、『愚か者死すべし』で復活を遂げた著者が1995年に発表した、小説以外の文章や特殊な作品を纏めた『ミステリオーソ』を、その後に発表された随筆・対談などを大量に追加したうえ『ミステリオーソ』と本書の二冊に再編集して文庫化。著者の前歴やジャズに関する造詣など多岐に亘る主題について綴った『ミステリオーソ』に対し、本書では読書家である著者ならではの知識と誠実さに裏打ちされた解説や著者の敬愛して止まないレイモンド・チャンドラーに関する文章、創作の背景に触れたエッセイのほか、沢崎を語り手にした小説風のエッセイ、ファンサービス的な掌篇『番号が間違っている』にブランクを埋める短篇『監視される女』を初めて収録した。

 先に『ミステリオーソ』の感想でも触れたが、本書においてもその不器用な誠実さが随所に滲み出ている。特定の作家や叢書を集中的に読み漁るスタイルゆえ、マイクル・Z・リューインやロス・トーマスなど解説を請け負った作家について詳細に自身の読書遍歴を綴る一方、決して論をほかの作家に波及させたりしないので、語られている作品や作家の魅力がダイレクトに伝わってくる。昨今の出版事情ゆえ既に入手困難となっている作品も少なくない(結城昌治の真木シリーズなど、いま新刊書店に並んでいるかどうか)のが残念だが、こんど店頭で目にしたら手に取ってみようか、と思わされるほどそれぞれ印象は強い。

 ファンにとって更に興味深いのはそのあと、著者がお手本としているレイモンド・チャンドラーについて綴り、またチャンドラーの作品を頂点に据えた自らの創作姿勢を語った二章であろう。取材に頼らず、人称に拘ったその姿勢は頑なだが、まさにハードボイルド作家らしい潔さが窺われる。あまりに独特な姿勢なので、作家志望の方にお薦めは出来ないし賛同する必要はないと思うが、著者の小説群を読むに当たって興趣を増すことは間違いない。

 もうひとつの読みどころは、巻末に収録された沢崎シリーズの短篇・掌篇計十本であるが、序盤の四本はこれまでの長篇・作品集の文庫化にあたってボーナス・トラック的な意味合いで収録されたものの再掲であり、内容的にもエッセイの延長のような趣向を摂っていたり、本編の内容を敷衍したものなので、文庫では初収録となる珍しい三人称作品『番号が間違っている』もそうだが、予めほかの沢崎シリーズを読んでおいたほうが楽しめるだろう。掌篇四本も、それぞれにらしい味わいはあるが、一種のお遊びという趣だ。唯一、『さらば長き眠り』と『愚か者死すべし』の空白期を埋める『監視される女』が単体として成立する完成度を備えている。依頼から始まって意外な方向へと話が動き、密かに事件が決着する。まさに正統的な私立探偵小説であり、そこまでの文章を踏まえて読めば更に興味深い一本である――極論すれば、この作品を堪能するためにすべての紙幅が費やされている――というのはさすがに言い過ぎか。

 原籙作品の昔からの愛読者に偏った作りであることも事実だが、まだハードボイルドというものがよく理解できない、これから読んでみたいと考えている方にとっての優れた指南書にもなりうる一冊でもあると思う。ここから『ミステリオーソ』に手を伸ばしてみるなり、『そして夜は甦る』に始まる沢崎シリーズを読む(再読する)なり、その源泉となるチャンドラーやハメットなどの黎明期ハードボイルドに関心を拡げてみるなり、など読書の楽しみに幅をつけるいいきっかけになるはずだ。

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